8人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの日もこんな綺麗な夕陽だったなぁ」
霊園の向こうに広がる夕焼けを見ながら、俺は独り言を言った。
「あの日?」
隣を歩く妹の美月が訊いてきた。
「火葬場から帰る時」
それだけで、美月には合点がいったようだ。
「ああ、朔ちゃんの」
「こんな日でも夕陽が綺麗だったりするんだなぁって、思ったんだよなぁ」
今、目の前に広がる夕焼け空は、あの日後ろめたさを感じながら感動した夕焼けのように、ただそこに存在し、空を美しく彩っていた。
俺たち兄妹の間には弟が一人いる。俺の三つ下、美月の二つ上に朔という弟がいた。
朔は十三歳で死んだ。
朔のせいで、俺たちの家族は壊れた。
超低体重児で生まれた朔は、俺が覚えている限り、ずっと保育器に入っていた。その姿は、月並みだが猿のようでしわしわだった。
これを可愛いと言えるかというと、無理な相談だった。
「ほら、満の弟だよ」
祖母に手を引かれて、母と生まれたばかりの弟に会いに行ったとき、祖母は愛しいというより、痛ましいものを見るような目で、保育器の中の孫を見ていた。
「可愛いだろう?」
うんと言った方がいいことは、三歳の俺でも分かった。しわくちゃの弟を観察しながら、かろうじて「うん」と言った。
こんな弱々しい生き物が、自分たちのような人間になるなんて、信じられなかった。俺のこの直感は、ある意味正しかった。
弟は生まれた時から病気を抱えていた。医者は悲痛な顔をして、大人になる、つまり二十歳まで生きるのは難しいかもしれないと、親である俺の両親に告げた。
俺の両親、特に母親は強い人だった。少なくとも俺の前では、悲嘆を見せることもなく、息子の運命と戦う決意をした。
「病を克服し、大人になった人もいます」
息子もそうさせてみせます。
医者は頷くしかなかったと思う。父も、それは無理だよと言うことは出来なかっただろう。
「では、共に頑張りましょう」
希望という名の、決して否定してはならない免罪符を手に、出口のない道を突き進むことが決定した瞬間だった。
重い病を克服した人もいる。抱えたまま、大人になっている人もいる。そういう人は、テレビや雑誌、新聞で取材されたり、本を出したりする。
でもその何倍も、克服出来なかった人がいるのだ。
最初のコメントを投稿しよう!