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「はぁ、やっと着いた!」
美月が墓の前で両手を高く掲げた。まるで登頂達成だ。
墓の周りを掃除し、墓を磨き、水をかけ、花を生ける。
一番新しい墓石の裏に、朔の名前を確認する。ちゃんとある。
墓の前で揃って手を合わせると、美月が大きな声で言った。
「朔ちゃん、美月はお母さんになります」
俺は手を合わせたまま、驚いて美月を見た。
「マジ?」
「マジ」
自然と目線が美月の腹の辺りを窺う。だからあんなにしんどそうに登っていたのか。
「どっち?」
「男」
「じゃあ、朔の生まれ変わりとか?」
「やめてよー」
美月は心底嫌そうに言った。
「朔ちゃんは朔ちゃんだし、この子はこの子だよ」
それにさー、と続ける。
「やだよ、朔ちゃんの生まれ変わりなんて。朔ちゃん、性格悪いじゃん」
「確かに」
俺たちは改めて朔の墓にお参りをし、初詣みたいに、美月の子が無事に生まれますようにと願った。
「でもさ」
俺は思いついて言う。
「母さんは、朔の生まれ変わりだと思っちゃうかもよ」
それで母が朔の死を受け入れられれば、というのは、美月たちにとって残酷だろうか。
「んー、その時はまぁ、おばあちゃんに合わせてあげてって、息子に言うよ」
美月は朗らかに言った。
「きっと私の息子だから、その辺はうまくやると思うんだ……どうしたの?」
ぎょっとしたように、美月が言った。
俺は泣いていた。涙が水のように湧いてきた。
「お前に子ができて、嬉しくて泣いたんだよ」
自棄気味でそう言うと、美月はさもお見通しといったふうに、笑った。
「分かるよ。わたしもこの子がお腹にいるって分かった時、初めて朔ちゃんのことを想って泣けた」
そう言って、墓に足をかけると、墓石にお腹をすりつけ始めた。
「朔ちゃーん、分かる?朔ちゃんの甥っ子だよ。おじちゃんになるんだよ。ねぇ」
夕焼けはいよいよ美しく、墓石にしがみつく妹を照らした。
「生きててほしかったなぁ」
妹の声は、赤い空に吸い込まれていった。
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