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それにしても、川北くんはわざわざそんなことを言うためにここに来たのだろうか。掃除場所を代わってまで接点を絶とうとしていたのに。
「で、話は変わるけど」
心を読まれたのかと思った。ふっと目を落とした川北くんは、ポケットから小さく折りたたまれた紙を取り出す。
けれど、それを見たとき、私は妙な不安を感じた。見たくない、強烈にそう思ったのだ。
「それ、何?」
唇を震わせながらおそるおそる聞く。川北くんはもったいぶることはせず、すぐに答えを教えてくれた。
「俺が破った絵本の最後のページ。返そうと思って」
「いい。いらない」
考えるより先に、口がそう言っていた。冷たい汗がこめかみを流れる。動悸が徐々に速まっていく。
「あのノートはもう捨てちゃった?」
「捨ててない……けど」
「じゃあ、つなぎ合わせればいいよ」
「いい」
川北くんが紙を開こうとするから、私はそれを必死に押さえた。鼻の奥が痛みだし、涙が滲んでくる。この前見た嶋野さんの歪んだケーキとその匂いも、なぜか頭によぎ った。
「俺、ふたりでつくったあの絵本、全部頭に残ってるんだ。すごくいい話だと思うし、結子のいいところがいっぱい詰まってるから」
「…………」
「それに、楽しかったんだよ、あの秘密基地での時間が今でもたまに夢に出てくる」
「……しなくていいよ、そんな思い出話」
紙を押さえた私の手は震えていた。その上に重ねるように川北くんが手をかざしたけれど、私がびくりと肩を揺らすと、すぐにその手を戻す。
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