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『だいたいな、あいつを産んでからお前は変わった』
『当たり前じゃないの! 母親なのよ?』
『やれお金だ、やれ時間だ、やれ約束だ。そんなに細かい女じゃなかっただろ』
『あなたも変わったわ、昼間からお酒なんて飲んで』
ふたりのけたたましい声に膝が震えだし、崖の淵に立たされたような心許なさに襲われる。ふたりの声を聞きたくなくて、でもここから動けなくて、私はその場にしゃがみ込み、耳を塞いで目を閉じた。
お父さんとお母さんの大声が、まるで凶暴な怪獣のように暴れている。早く絵本をプレゼントしなきゃ。だって、あの絵本には魔法をかけたんだ。
『お父さんとお母さんが仲直りして、ふたりとも笑顔になりますように』って。毎日毎日、おまじないをかけたんだ。
『ふざけるなっ!』
ひと際大きな怒鳴り声が響いて、私はとっさにまた中を覗いた。
そのとき目に入ってきたのは、お父さんがダイニングテーブルを拳で叩く姿。そしてその横にはお母さんが出してくれていたホールケーキ。真っ赤なイチゴが乗っていて、三人で食べきれるか心配になるくらい大きくて、チョコレートのプレートには文字を書いてもらったんだ。『おとうさん、おかあさん、けっこんきねんびおめでとう』って。
お父さんはそのケーキを一瞥して、『今さらこんなもの……』と鼻で笑った。私はその場を動けなかった。お父さんがケーキを持って床に叩きつけるように落としても、お母さんが信じられないくらい目を見開いていても。
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