言葉を取られた王様とお妃様

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『むかしむかし、ある国に、とても仲がいい王様とお妃様が暮らしていました。お城には花が咲き乱れ、王様とお妃様の笑い声が絶えず、そのおかげで、その国全体が明るく幸せでした』 胸がざわつく中、読み手によって小説が語られていく。私の頭の中には昔描いた絵が浮かんでいた。 『ところがある日、孤独のあまり王様とお妃様の仲のよさを妬んだ悪い魔法使いに、ふたりは言葉を奪われてしまいました。すべての言葉というわけではありません。奪われたのはたったふたつの言葉だけです』 途中、いろいろなエピソードや情景描写が足されていたけれど、この話の流れには間違いなく覚えがあった。私は、逸る気持ちを抑えて、押入れのダンボールから水色のノートを引っ張り出す。その表紙には、下手くそな字で"ことばをとられた王さまとおきさきさま"と、たしかに書かれていた。 「……なんで?」 最初はなんという言葉を失ったのかわからなかった王様とお妃様だったけれど、次第にそれが明らかになっていく。それが必要な場面に必ずふたりが言っていた言葉、"ありがとう"と"ごめんなさい"がないことに、周囲の人間たちが気づきはじめるのだ。 けれど、本人たちは気づいていない。 『王様とお妃様の仲が悪くなってきたことに気づいた大臣は、手遅れになる前にと、勇者のもとを訪ねます。彼は必ず悪い魔法使いを倒して、王様とお妃様にふたつの言葉を取り戻すことを約束しました。悪い魔法使いを倒すために必要なものは三つ。それは』 「赤い花と、白いケーキと、空色の本……」 私のつぶやきと、ラジオの中の読み手の声が重なった。
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