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「正体は川北くんだって、教えてくれてもよかったのに」
「僕もさ、曲がりなりにもあいつの友人なんだ。秘密は守るよ」
戸崎くんがくすくす笑いながら言う。彼は今日も、原稿の束を持っていた。びっしり並んだ活字に、赤い手書きの文字が随所に書き込まれているのが見える。
「おもしろかったでしょ、勘違いしている私は」
皮肉を込めてそう言うと、戸崎くんは優しく微笑んだ。
「将真も瀬戸さんもおもしろかった。僕は、小説を読むことと同じくらい、人間観察が好きなんだ。人それぞれ、少しずつ物語が動いていくさまが興味深い」
「悪趣味だね」
「父親譲りなんだ」
それでも戸崎くんは、私を馬鹿にしているような口調ではない。きっと本当に、純粋に興味があるのだろう。それに彼は、最初から質問に対して否定も肯定もしなかった。私が思い込んでいただけで、嘘をついていたわけじゃないんだ。
戸崎くんは原稿をとんとんと揃え、大きなクリップで留めた。そして横の椅子に置かれていた大きな封筒に丁寧にしまう。
「どうして戸崎くんが、川北くんの小説を読んでるの?」
一通り動作を終えて、しっかり私へと向き直った戸崎くんに質問する。
「将真と友人になってからさ、父親のことを話したんだ。将真は戸崎宗敏のファンで、しかも身近に小説家がいることに大興奮してね」
そうだ、川北くんは戸崎宗敏の小説を読みたがっていた。あの小説は、まだ私が持っているのだけれど。
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