言葉を取られた王様とお妃様

18/30
前へ
/172ページ
次へ
放課後、バスを降りた私は、自分の家を通り過ぎ、川北くんのバイト先の近くまで来ていた。 戸崎くんに聞いたとおり川北くんは昼から来たのだけれど、プライベートなものだし、周りの目を気にしていたら、結局封筒を渡すタイミングを逃してしまったのだ。それに、ちゃんと一対一で謝りたいという気持ちもあった。今日がバイトだというのは、嶋野さんから聞いている。 前回倒れてしまった場所なので、また気分が悪くなるかもしれないとも思った。けれど不思議なことに、今日はケーキの甘い匂いが漂ってきても平気だ。ケーキは私にとってひどい記憶の象徴だったから、思い出したくなくて過剰反応していたのだろうか。すべて思い出した今、その自己防衛が解けたのかもしれない。 車が通り過ぎるのを見ながら、私は今までのラスクさんの作品を思い出していた。彼の作品は、切ないだけの話でも楽しいだけの話でもない。いつも優しくて、誠実 で、あたたかかった。昔の将ちゃんと同じだ。そして入学してから接してきた川北くんも。私がちゃんと向き合わなかっただけで、彼は昔と変わらず、いつだって……。 「なんでいるの?」 そのとき、うしろから声をかけられる。振り返ると、不機嫌そうに眉間にしわを寄せた川北くんが立っていた。その顔を見てひるみそうになったけれど、私はしっかりと彼の目を見る。 「渡すものと……話があって」 「何?」 川北くんが腕時計を見た。今からバイトがあるから当然だろう。私は急いでバッグから封筒を取り出し、川北くんに差し出す。
/172ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5246人が本棚に入れています
本棚に追加