言葉を取られた王様とお妃様

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「思い出したの、あの日のこと。川北くんに絵本の最後のページを返してもらって」 「今さらいいよ、もう」 「お父さんとお母さんの喧嘩を見て、子どもが……私がいるせいだ、って言っているのを聞いて、それで……」 「もう、いいって」 いつの間にか私の目からは涙が流れていた。それは静かに頬を伝い、地面に落ちていく。 「……せっかくふたりでつくった絵本を……大切な絵本を……私が台無しにした」 ふいに川北くんが私の頭をやわらかく撫でた。優しくなだめるようなそのしぐさに、安心している自分がいる。 顔を上げようとすると、川北くんのスマホが鳴った。 「はい、もしもし。叔父さん? ちょうどよかった、今日ちょっと……三十分くらい遅れそうだけど、大丈夫? ……はい、すみません。それじゃ」 そうだ、川北くんはこれからバイトなのに。 「ごめん、バイトだよね。私は大丈夫だから、行って」 ゆっくりと顔を上げてそう言った。するとスマホをポケットにしまった川北くんが、私の顔を見て噴き出す。 「すごい顔してるぞ。いいよ、遅れるって言ったから。ここじゃなんだし、どこかに移動しよう」 川北くんはそう言って、私の手を引っ張った。
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