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「あ、待って。私も行く」
「なんで? 結子はケーキがだめなんだろ? また倒れたらどうするんだ?」
「あの日のことをいろいろ思い出したからなのか……さっき店の近くまで行っても大丈夫だった」
あの日、ふたりのために用意したケーキはぐちゃぐちゃになった。ケーキの匂いと人の怒鳴り声を、私は無意識のうちにあのときの記憶と直結させていたのだ。だからケーキを見るのが嫌になっていたんだろう。そう私が話すと、将ちゃんは腕を組んで難しい顔をした。
「……でも大丈夫だったからって、無理して今日行かなくても」
「この前お世話になったこと、店長さんに何も言えてなかったから、今日しっかり謝って、ちゃんとお礼を言いたい」
「まぁ、そういうことなら……」
「それで、お母さんにケーキを買って帰る。イチゴのケーキを」
お母さんは私がケーキが苦手だということに気づいている。それでも、お互いそこには触れないようにして今まで過ごしてきた。
これからもずっと、核心には触れず、傷つけ合わないように過ごしていってもいい のかもしれない。でも、これ以上何かを黒で塗り潰すことはしたくないと思ったのだ。
本当の気持ちを受け止めてほしいし、受け止めたい。おびえず、億劫がらずに、ちゃんと面と向かって話したい。そう思える今こそが、いろんなことの克服につながっていくのではないかと思った。
「男前」
そう言って、立ち上がった私の背中をポンと軽く叩いた将ちゃん。身長が高くなって見上げてしまうようになったけれど、変わらない笑顔がそこにあって、私はようやく心から笑い返すことができた。
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