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「思い出したの?」
「うん」
私が返事をすると、お母さんの目にみるみる涙がたまっていく。けれど、必死に耐えているのか、震える口角をなおも上げようとしていた。
「……思い出さないままでもよかったのにね」
そう言った途端、ひと筋の涙がとてもきれいにお母さんの頬を伝った。お母さんは片手で額を押さえて、震える声を絞り出すように「そっか……」とつぶやく。
「ごめんね……つらかったね、結子」
ほとんどかすれきった声だ。その言葉を聞いたとき、私の目からも涙が出た。
「お母さんも、思い出したくないくらい、ずっとあの日のことを後悔してて……正直、結子が忘れていてくれてるならそれでいいって、目を逸らし続けてた」
「…………」
「だって……あんな……ひど……」
お母さんは両手で口を押さえて、「う……」とうめくように泣き出した。お父さんと喧嘩をしているときも、こんなふうに泣いている姿は見たことがなかった。もしかしたらお母さんは、ずっと涙を我慢していたのかもしれない。
泣き声を聞かせないように肩を震えさせて必死に声を抑え、お母さんはしばらくそうしていた。
「結子がせっかく計画をたててくれたのに台無しにしてしまって、ひどい喧嘩も見せてしまって……」
しばらくして、お母さんが鼻をすすりながらゆっくりとまた話しはじめる。
「あの日の夕方、結子を探しに家を出たんだけど……公園の近くで、泣きはらした目で……まるで抜け殻みたいにたたずんでた結子が……忘れられなくて」
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