押入れの中の絵本

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「とりあえず、その気持ち悪い敬語やめてくれる?」 「なんでですか?」 「腹を割って話してる気がしないから」 雑巾を折り返した彼は、本を取り出しながら棚の奥の方まで拭きはじめた。本棚の奥まで頭を突っ込んでいて、身体が大きい分間抜けな姿だ。 腹を割るといっても、川北くんが私の絵本を破ったという事実は変わらない。そし て、そのことで号泣した自分自身のことも、はっきり覚えているのだ。彼にとっては、大した記憶じゃなかったとしても。 「なんか瀬戸のそれ、子どもっぽいよ。高校に入ったんだからさ、もう少し……」 「もしかして、喧嘩をしても必ず仲直りができるって、いまだに信じてるんですか?」 「だから、そういう嫌味みたいなのが」 そう言って、川北くんが棚の中から顔を出したときだった。ガッと彼の肩が棚に当たって大きく揺れ、棚の一番上にあった分厚い本が川北くんに向かって落ちてくる。 「……っ!」 思わず身体が動いていた。川北くんに駆け寄り、肩から押し倒す。その瞬間、落ちてきた本の角が自分の背中に直撃し、私は小さくうめき声を出した。 「おいっ!」 川北くんが慌てたように起き上がり、私の両肩をつかむ。 「馬鹿か! 何してんだよ!」 背中をさすられ、少しずつ意識が戻ってくる。あれ? 私は今何をしたんだっけ。 「普通、逆だろ? 俺は男なんだからこれくらい平気なんだよ。俺より身体小さいのに、無茶なことするな!」 まだ少しぼうっとする頭に、川北くんの怒る声が聞こえた。その声が頭にがんがんと響く。どうしてだろう、怒鳴り声に、言いようのない恐怖を感じるのは。 ふいに、またケーキの匂いがした。匂いはしなかったはずなのに、なぜか鼻の奥に、甘ったるい生クリームの匂いが……。
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