押入れの中の絵本

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「言わなくていいから」 沙和を小声でたしなめて、前を向いた。うしろで川北くんが聞いているかもと思うと、落ち着かない。 「でも、あれだけ拒否反応出てたのに、よくOKしたね」 「断ったのに、勝手にバスに乗ってきたの」 「でもここまで来てくれたんだから、さすがに家に入れるでしょ?」 「お母さん、今日は日勤でぎりぎり帰ってきてないと思うから、そう言って帰す」 コソコソとそんな話をすると、 「お茶くらい出しなさいよ。こんないい男に無駄足させて」 とおばさんみたいなことを言われた。何を言ってもこの調子だろう、と私は反論するのを諦める。 「そういえばさ、昼休み、結子ふらっといなくなったじゃん? どこ行ってたの?」 マイペースな沙和は、すぐに話題を変えてたずねてきた。やっと追及が終わったか とほっとしたのも束の間、「図書室」と答えると、「おお! 会いに行ったの? 戸崎隼人とやらに」と、興奮するように声を上げられる。 「ちょっと、声が大きいよ」 バスはちょうど赤信号で停まっていて、エンジン音も聞こえない。今の声は確実に聞かれただろう。声を落として、と懇願するように沙和に訴える。 「違うから。ただ、どんな本があるのか見に行っただけ」 「でも、いたんじゃないの? 戸崎くん」 「いたはいたけど……」 額を押さえてうなだれながら、大きなため息をつく。沙和はそんな私にお構いなしで、「どうだった? 話した?」と矢継ぎ早に聞いてくる。 「話というか……挨拶だけ」 「いいね、いいね。少しずつ縮まる距離の第一歩。序章がはじまったわ」 嬉しそうに妄想を膨らませる沙和。付き合いは長いけれど、なぜ人の話でここまで盛り上がれるのか不思議でならない。
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