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「そうよね! あの将ちゃんよね! こっちに越してきてたのね。同じ高校だったなんて、すごい偶然。うわー、懐かしいわぁ。こんなに大きくなって、かっこよくなって。お父さんとお母さん、元気? 昔からしっかりしていたものね、礼儀正しい子に育つはずだわ」
そう明るい声を出して、川北くんの腕をペシペシ叩くお母さん。こうなるのが嫌で、お母さんには会わせたくなかった。近所に住んでいた私たちは、子どものときによく 家を行き来していたし、親同士も顔見知りだったからだ。
「あのときは急に引っ越すことになったから、ご挨拶もろくにできなくて……」
懐かしむように話しているお母さんを見て、次第に気分が重たくなってくる。そんなに楽しそうに話すような内容じゃないのに。川北くんも興味がないだろうし、私自身も思い出したくないのに。
「お母さん、もういいでしょ?」
私はしゃべり続けるお母さんを遮り、相槌を打っていた川北くんに向き直る。
「本当に大丈夫だから、これで」
早く帰ってほしくて、目を見ずにそれだけ言った。
「あぁ……うん。それじゃ」
そう言って背を向けた川北くんから、
「ごめん」
という声が聞こえた。私は、そのうしろ姿を見送ることなく、アパートの階段へと足を向ける。
べつに川北くんが悪いことをしたわけではない。それなのに、お母さんにも私にも謝ってまるで私が川北くんに謝ってほしくてしたことみたいだ。
そんなつもりは全然なかったのに、どうしてあんな行動をとってしまったのだろう。それを考えると、水面が波立つように、昔の記憶が一気に溢れてきそうになる。
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