押入れの中の絵本

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「結子」 アパートの中に入ると、うしろからついてきていたお母さんに声をかけられた。 「大丈夫? 背中」 私は制服をたくって、本当に大したことがないことを見せてから、自分の部屋へと向かう。 「言ってくれたらよかったのに」 なんのこと、と聞きそうになって、すぐに川北くんのことだと気づいた。わざとふてくされるような声を投げかけてくるお母さん。私は立ち止まり、背を向けたままでため息をつく。 「思い出したくないでしょ、あの場所に住んでいたことなんて」 「そんなことないわよ。結子が赤ちゃんから小一まで育った場所なんだから」 微笑んでいるのか、お母さんの声が少しやわらかくなった。けれど、私の気持ちはそれに逆撫でされる。 「だって、あの頃、お母さんたち喧嘩ばっかりだったじゃん」 「たしかにそれは結子には悪かったと思って……」 「そんなこと言わせたいんじゃない!」 大きな声を出すと、背中が鈍く痛んだ。これ以上話すと余計な暴言を吐いてしまいそうで、私は自分の部屋のドアを勢いよく開ける。 違う。本当の私はこんなんじゃない。人の言動にいちいち反応なんてしていなかったはずだ。彼に再会するまでは。 まるで、アレルギーだ。過剰反応して、近づいたらいろんな感情が溢れ出てしまいそうになる。川北くんにだけじゃなくて、ほかの人にまであたってしまうんだからどうしようもない。 明日からまた、無関心、無反応でいなくちゃ。そうしたら、この心の荒れた波も、少しずつ凪いでいくはずだ。
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