押入れの中の絵本

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途中から、それが忘れていた記憶に関係するものだと気づく主人公。全部揃ったときに自分の記憶を完全に思い出し、最後に入っていた鍵を使って家の門から外へ出ていく。 そこで目が覚め、夢だったのかと気づいて笑う主人公。しかしその目覚めは、実に五年ぶりだった。主人公はあるショックな事件をきっかけに、ずっと眠り続けていたのだ。涙を流しながら抱きついてくる母親。棚にはラジコンの車が置かれていた。 そんな話だった。 読みやすくあたたかみのある文章で、短い話の中にぎゅっと心を持っていかれた。今すぐこの感動のままに絵を描きたい。そんな気持ちにさせられる。 そして、もうひとつ思った。これは、戸崎宗敏の文体じゃない。だから、戸崎くん自身の作品なのだと。 「すごい……おもしろかった」 そう言うと、また微笑む戸崎くん。原稿を返すと、机の上で束をとんとんと揃えて いる。そのしぐさがとても大事なものを扱っているように見えて、私は好感を持った。 「瀬戸さんは、書かないの?」 唐突にそんなことを言われて驚いた。私が原稿なんて言ったからだろうか。 「いや、私は……」 そう言ってる最中、頭の中でチリ……と何かが焦げたような音がした。だいぶ前に、 誰かとこんな話をしたことがあったような気がする。けれど、記憶が少し揺さぶられ ただけで、結局思い出せなかった。 そのあとしばらく、彼は原稿を読み直し、私は本を読んでいた。しばらくしてから視線を向けると、戸崎くんは居眠りをしていて、思わず小さく噴き出してしまった。
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