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「開けてみて」
「……うん」
箱の中身は、ほしいと思っていた三十六色のマーカーセットだった。「わあ……」と思わず声を上げると、お母さんが満足そうに微笑む。
「結子は昔から絵を描くのが好きでしょ? だから選んだの」
「……ありがとう」
お母さんには私の絵を見せたことはない。けれど、私の好きなものをちゃんと知っていてくれていることが嬉しかった。ただ、高価なものだということもあり、やっぱり申し訳ない気持ちのほうが勝ってしまう。
「お母さんは……今、幸せ?」
ふと、口をついてそんなことを聞いてしまった。いつも忙しそうに働くお母さんを見ていると、私のせいで自分の時間やお金の自由を犠牲にしてしまっていないかと、どうしても胸に引っかかってしまうのだ。
「もちろんよ」
けれど、お母さんは迷うそぶりもなく、当然のようにそう答えた。
それが嘘だと疑っているわけじゃない。離婚後のお母さんは、いつも穏やかで優しくて、笑顔だ。それに、夜勤明けで疲れている日もあるだろうに、弱音を吐かない。だからこそ、私に心配をかけさせないように、無理をしているのではないかと思うこともある。
「お母さん、やっぱり私……」
バイトしようかと思うんだけど。言いかけて、その言葉を呑み込む。スマホ代くらいは払いたいけれど、どうせ反対されるだろう。結子は結子の好きなことをしなさい、と。それは親が言うセリフとして普通なのかもしれないけれど、気を遣われているん じゃないだろうかと感じてならない。
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