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「ケーキ買いに来たの?」
「まさか。嶋野さんが店の場所がわからない、って言ったから、案内しに来たの」
「え? 店のカード渡してたのに、あいつはほんと抜けてるっていうかなんというか」
あきれた顔をしているけれど、その口調はどこか優しげだった。まるで、小さな頃から一緒にいる幼なじみを大切にしているような。
ふいに、"将ちゃん"を思い出した。あの頃の彼も、あきれながらも微笑みかけてくれた。嶋野さんじゃなくて、私に。
「あ、萌香、出てきた」
川北くんの言葉に、はっとして店の方を見る。私は今いったい何を考えていたんだ。嶋野さんが川北くんに気づいたらしく、こちらに向かって大きく手を振っていた。
もう片方の手には、ホールケーキが入っているのだろう大きな白い箱がしっかり握られている。
「将真くーん、私早く着きすぎちゃったよ」
笑顔で走ってくる嶋野さん。
「おい、ケーキ持ちながら走るなよ」
川北くんが声を張り上げて注意したときだった。嶋野さんの前に、スピードを出した自転車が飛び出してきたのは。
「きゃっ!」
嶋野さんが悲鳴を上げた。ぶつかったと思い、私たちは慌てて彼女のもとへ駆け寄る。
近くまで行くと、小学生くらいの男の子が「ごめんなさい」と謝っているところだった。どうやら自転車はぶつかる直前で止まったらしく、嶋野さんは尻もちをついただけのようだ。
「言わんこっちゃない。だから、走るなって言ったのに」
男の子が去ったあと、厳しい口調で川北くんが怒った。それに対して、身体を小さくして謝る嶋野さん。そんなふたりの姿を見ながら、だんだんと気が遠くなっていくような感覚がした。ケーキの匂いが強い。
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