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あの絵本のことは忘れたいのに、胸の奥からどろどろしたものがせり上がってくる。それを体内にとどめておけなくて、私の口を無理やり開かせる。
「なんで……」
「ん?」
「なんで、なんてことなかったかのように言うの?」
昨日から変だ、私。いや、川北くんと再会してからずっと変。自分で自分の気持ちを制御できない。
「なんてことなかったって?」
「どうしてわからないの? 私の大切な絵本を破って、悪かったとか、ごめんとか、謝るべきじゃないの?」
「…………」
川北くんは、本をかかえたままこちらを見た。その目は冷ややかで、まるで私を軽蔑しているようだ。
「謝らないよ。だって、俺、ああしたこと後悔してないし、悪かったとも思ってないから」
「……は? ちゃんと思い出してよ。どれだけ私が……」
「ていうかさ、ちゃんと思い出せっていうのは、こっちのセリフ」
川北くんが一歩ずつ私に近づいてくる。
「な……に言ってるの?」
強く発したはずなのに、震えて弱々しい声が出た。
「たぶん、ケーキの匂いがだめなのも関係してる。瀬戸は、あの日のことを記憶の隅に追いやって、忘れたふりをして、自分で鍵をかけてる」
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