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いつも通りに、今だ残暑が肌をチリチリと焦がす勢いが収まらぬまま、九月を迎えた。
僕は学校終わりに、この夏通いつめた波止場へ向かうと、二人掛けの朽ちそうなベンチに腰掛ける。
彼女はいつも黄色いハンカチを下に敷いてゆったりと座っていた。
初めに声をかけたのは僕、この田舎では見慣れない人で、とても綺麗な女性だった。
あれは、夏休みに入って間もなく暇つぶしに波止場の近くに売ってあるかき氷を食べようと一人で来たときに、視界の端に見慣れない人を見かける。
小さな日よけ小屋に、いつ整備されたのかわからないボロボロのベンチでただ黙って座っている人がいた。
長い髪を後ろで束ね、真っ白なワンピースが朽ちた背景に映えていた。
その後ろ姿になぜか惹かれ、まるで夜の光に誘われる虫のように、僕はフラフラと彼女に向かって歩き出していく。
ゆっくりと近づいていくと、砕けたコンクリートを踏んだときに出た音で、彼女はこちらを振り向いた。
振り向いた顔は、とても綺麗で僅かに潤んだ細くキレのある瞳と、小さな口が印象的だった。
僅かな時間であるが、お互いの視線と視線が重なりあう。 彼女は瞬きをすることなく僕を見つめてくる。
「えっと…。 は、初めまして」
自分でもなぜ近づいたのかわからない、それゆえに伝えたい言葉もなかった。
そして、この気まずい空気を脱したく乾いた声で言葉を発する。
「どうも、初めまして」
返事が返ってきた。 いきなり静かに背後から近寄ってきた男に対し、ちゃんと言葉を返してくれた。
僕は、何か次の言葉は無いかと懸命に言葉を探る。
「もしかして、地元の人?」
「暑いですね」なんて言おうとしていたが、逆に彼女から声をかけてもらえた。
「そ、そうですね。 地元です。 生まれも育ちも」
「そう、なら聞きたいことがあるの、いい?」
淡く淡々と綴られるその声は、まるで泡に包まれているかのように、僕の耳に心地よく届いてくる。
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