プロローグ

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プロローグ

「俺、牧田の事が好きだ」 「は、はぁ!?」  僕は素っ頓狂な声を上げながら、思わず後ずさり目の前の男から距離を空けた。そんな僕を見てそいつは一瞬目を丸くした後、困ったように口の端を歪める。 「声でかいってば。それに……ちょっと傷つくなあ、そんなに驚かれると」 「いや、ごめん。余りにも急な話過ぎて、心の整理がつかなかっただけだから。傷つけたのなら、謝る。本当に、ごめん」 「そんなに謝られると、逆にムカつく」  早口で捲し立てた僕を、彼——(なん)()(しょう)は呆れたような表情を浮かべてクスクス笑った。  窓ガラスから夕陽が差し込み、南波の亜麻色の髪を赤く照らしている。それがキラキラと輝いていて、綺麗だ、と少しばかり場違いな感情を抱きつつ、僕はその眩しさに目を細める。  僕が図書委員の仕事を終えるのを待ち構え、「話がある」と言って教室(僕達が普段使っている2-A教室)に連れ込んできた時点で、何かあるな、とは思っていた。だが、まさかこんな告白をされるとは思いもしなかった。てっきり部活の相談とか今度の試験についての質問とか、そういう「そこそこ重要で他愛もない話」だと思っていたのに。  余りにもセンシティブな話題なので僕は周りを見渡した。幸いにも下校時刻を過ぎた教室は、人っ子ひとりもいないようだ。僕は出来る限り言葉を選びながら切り出す。 「うーん、なんというか、その『好き』っていうのは、友情的な意味? それとも、恋愛とか、その……性的なやつ、ですかね?」 「恋愛、かつ、性的」 「あ、そうなんだ」  性的、ねえ。潔すぎる即答に、脳内がクラクラ揺れた。  恋愛として、性的に、好き? マジで? ……まあ、南波の事だから本気(マジ)なんだろうな。 「えーっと、南波って男性が好きなの? 僕、全然気付かなかったっていうか、初耳というか……」 「今まで男と付き合ったりした事ないから、そりゃ初耳だろうね。とはいえ俺ってさ、恋愛対象は女とか男とか性別に縛られたくないタイプだから。男女平等って感じ?」  なんだ、その突然の平等思想は。得意げに微笑む南波を見て、僕は少し考え込んでしまう。  いきなり超個人的かつ衝撃的な事をカミングアウトされたが、僕はどのように対応するのが正解なのだろう。僕の脳内でLGBT+関連用語がグルグルと飛び回る。 「なるほど、つまり南波はバイ……バイセクシャル?ってことか」 「バイ……か。まあどうでもいいけど、世の中的にはそうなるのかもね」  お互い、苦笑い。本当はバイじゃなくてパンセクシャルの方かな、と思ったりはしたが、やはり(彼にとっては)どうでもいいことだったようだ。南波は僕の机に腰をかけ、すらりとした長い脚を組んだ。  ……何勝手に、人の席(しかも机)に座ってるんだよ。そこそこ絵になっているのが、余計に腹立つ。 「そういえば、お前彼女いなかったっけ?」 「いたけど1ヶ月くらい前には別れたよ。あの子、家庭教師の大学生に食われちゃってさ、俺がガキっぽいのを突きつけられるのも、二股かけられるのも嫌だから……ねぇ」 「ああ、そう……その、なんかごめん」  なんか、すごく可哀想なことを聞いてしまった。  あの(タピオカ吸ってそうなタイプの)可愛い女子と別れたとか、知らなかった。こんな良い男と付き合っておいて浮気するとか贅沢、というか本質がわかってない女だな、と僕は名前も知らないその子に毒づく。 「別にいいって、どうでも。終わった事だし。……それよりも」  南波はジト目で僕のことを睨み付けながら、指差した。 「お前さぁ、わかってて話逸らしてるだろ」
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