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うわ、出た。授業に集中することで頭から存在を消し去っていたが、名前を出されたことであの時の衝撃が一気に蘇る。俺があまりにも嫌な顔をしたのだろうか、純が「しまった」という表情を浮かべた。一瞬お互いに気不味い空気が流れた後、純がおずおずと話を切り出す。
「そう。そういえば、南波の事なんだけどさ」
「純、お前あいつに俺のバイトの事話したのか?」
「はぁ!? 話してない。話すわけないじゃん!」
少し低めの声で問い詰めると、憔悴しきった様子で言い返される。目の前の顔を真っ直ぐに見つめても、純は目を逸らさなかったので嘘の可能性は低そうだ。純は嘘をついたり取り繕うと、一瞬だけ目を逸らす癖がある。
「じゃあ、なんであいつが知ってるんだよ……」
「偶然、店に寄ったんじゃない。それで啓介が南波に気付かなかっただけとか」
「そんな間抜けな事があるわけ! ……いや、あるかもなぁ、それ」
なんせ俺は同じクラスの人間とほとんど話さない上に、名前も顔もそれ程覚えてはいない。覚える必要がなかったからだ。だから、いくら南波のようにパッと見てわかりやすい顔でも制服を着ていなければ、普通にスルーしてしまった可能性は十分にあると考えられる。
「あ〜最悪。俺、店辞めた方がいいかな。言いふらされたりしたら、人生終了するしなぁ」
4年以上も働いたのに。今更務め慣れたバイト先を離れたくないし、何より中学生の時の自分を救ってくれたマスターを裏切るような形になるのも嫌すぎる。
「南波は絶対言いふらしたりしないよ。それは僕が保証する」
「純は人が良すぎるんだよ。なんであんなチャラチャラした奴のこと信用できるのよ」
「お前なぁ、南波は僕のバンドメンバーだぞ。ちょっとは僕のことも信頼してくれても良いんじゃないかな」
「別に純のことを疑っているわけじゃない」
酷いな、と苦笑いする純を見て俺はため息をついた。
純は全然わかってない。俺の秘密を知ってるのは純1人だけでよくて、そこに南波翔が割り込んできたのが何より嫌なのだ。ただ、それを口にするのは余りにも子供っぽいので俺は不貞腐れたままぼやく。
「大体なんで南波は俺と話したがってたんだよ。怖いんだけど」
「単純に啓介と仲良くなりたかっただけだろ。もうちょっと純粋になれよ」
「えー面倒臭い。大体俺みたいなガリ勉隠キャと仲良くなって南波に何のメリットがあるんだよ」
「あのさぁ、仲良くなるとかそういうのに『メリット』とか関係ないだろ。その卑屈精神やめろよ」
呆れたように諭されたものだから俺は少しイラっとした。
「でも流れが急すぎるだろ。俺、今まで南波と関わるようなことあったか?」
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