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「バレちゃったか」
おっと、いけない。思っていた事がそのまま口に。彼は少しムッとしたような表情を浮かべた。
「お前の悪い癖だよ、そうやって大事な所をはぐらかすの」
「はいはい、そうですか。……んで? なんで牧田なんだ?」
そう聞くや否や先程からの不機嫌から一変し、待ってました、と言わんばかりの嬉しそうな笑顔を浮かべる南波。
「そりゃあ…………超カッコいいからよ!」
いつもの数倍はしゃいでいるかのように、声音がキラキラと輝いている。その眩しさに、僕は面食らった。
「理由、雑過ぎ! 結局、顔かよ〜」
溜めに溜められた理由が割とシンプル過ぎて、僕は少しガッカリする(ふりをした)。すると、南波は先程僕に差し向けていた人差し指を左右に振る。
「違う違う、顔だけじゃなくて。なんというか、雰囲気、というか、生き様?とかの方だよ。俺、前から牧田には一目置いててさ」
「生き様、ね」
まあ、わからなくはない。僕も、幼馴染の牧田啓介の事は贔屓目に見ても、『かっこいい』とは思う。思うけれども……。
「しかしまあ、だからこそ、難しいと思うよ。だって、肝心の牧田は男同士、とか、そもそも恋愛自体に興味無さそうだし」
「っていう事は、今付き合っている人とかいないんだろ?」
「それはそうだけどさぁ……」
「お前と付き合ってる訳でもないよな?」
「はあ!? 当たり前だろ!! 何、変なこと言ってんだ。殺すぞ」
「はぁーよかった。実はお前と牧田の関係が、一番の不安要素だったんだよね」
「…………」
俺は何となく彼と目を合わせ辛く感じ、俯いた。顔の方に血が上っていく。
「……それで何故、僕なんだ。僕は牧田じゃない。この期に及んで告白する相手、間違えたのか?」
「吾妻に、俺の恋をサポートして欲しいなーって思ってさ」
「そっか、そういうことね」
さもありなん。まあ薄々勘付いてはいたので、僕は驚きはしなかった。落ち着いた様子で僕は頷く。
「今の状態で告白なんかしても成功率0だもんな」
「0って……」
「いやだって、南波、普段牧田との絡みないでしょ? どんだけ自分の見た目に自信持ってんだよ、相手男だぞ」
「うう、ぐうの音も出ない……。でも、幼馴染のお前に協力してもらえれば、ちょっとは仲良くなれるかなって」
「はぁ〜仕方ないな。……いいよ。ただ、失敗しても、僕を恨むなよ」
「って事は、交渉成立!? やった!!」
そもそも『交渉』って、何だよ!? 僕に1ミリもメリットないじゃん、とか突っ込もうかと思ったけれど、満面の笑みの南波を目の前にそれを言うのも無粋かと思い直し、僕は(普段僕が顔に浮かべているような)困ったような笑みを返した。
「出来る限りのことはしてみる、けど本当に期待しないでね。相手はあの牧田なんだから」
「わかってるよ。それじゃ、明日からよろしくね。じゃあな、吾妻」
「明日の朝、朝練あるから忘れないでよ」
それもわかってるってば! とか言いながら、手を振った南波は軽快な足取りで教室を出て行った。僕——吾妻純は自分の荷物をまとめながら、彼の足音が遠ざかっていくのを聴いている。とっくに下校時刻は過ぎているから校舎内にはほとんど誰もいない。しんとした校舎内に僕は一人取り残された。机の上を触ると、まだ少し温かい。
「あいつ、頼み事しておいて、僕のこと置いて行くのかよ」
酷いなあ、まあ、あいつらしいか。そう独りごちて窓の外を見やると、夕陽はすっかり落ちて外の世界は藍色に染まっていた。空を見れば、銀色の満月が浮かんでいて、それがとても綺麗だと思えて、そして(またそう思ったことも今さっきの会話も僕自身の事も)何もかもがどうしようもなく哀しく思えてきてしまい、僕は小さく溜息をついた。
高校2年の4月下旬。これが、僕らの青春の始まりだった。
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