1ー1 

2/3
132人が本棚に入れています
本棚に追加
/91ページ
 正直、目の前の生徒が南波という名前だったとは露とも知らなかった。しかし、『南波翔』という名前には聞き覚え、というよりは見覚えがあった。  高1の時の定期考査の順位発表で、常に俺の下にあった名前だ。牧田啓介が1位で、南波翔が2位。俺が1位なのは、そもそも特待生として入学した上、日々の努力量からみても当然だと思うが……。俺の奨学金資格を脅かす奴が、こんなチャラチャラした奴だったとは知らなかった。別に、ここの生徒、特に賑やかしい奴らに大した興味もなかったし、知らなかったのも当然とも言える。  目の前では呆れたように苦笑いしている純の寝癖を、南波が手持ち無沙汰な様子で指で梳いているのが見えた。純が横目でチラチラ南波を見ながら、少し恥ずかしそうにしている、気がした。 「お前イケメンの前だからって、そんな照れ照れするなよ……」 「えっ、何か言った?」  つい声が溢れたが、小声だったお陰で南波には気付かれずに済んだようだ。一方、純は真っ赤になって南波とさりげなく距離をとった。いい気味だ。 「あっ!! そういえば」 「なんだよ急に大声出して」  珍しく純が大声を出し、俺はギョッとする。南波の方も驚いたような表情を浮かべているのが見えた。 「今日って……化学のレポートの提出日だっけ?」 「そうだよ、今日の3限。まさか、吾妻、やってなかったりして」  憔悴しきった様子の純を、からかうような笑みを浮かべた南波が肘で小突く。純が上擦った声を出す。 「ま、ま、まっさかぁ〜〜」 「お前、その反応は絶対忘れてただろ。俺の見るか?」  今回のレポートは面倒だった、と思い俺は助け舟を出そうと試みたが、いつも通り純は首を横に振った。 「いや、いい。啓介みたいな優秀なレポート、真似したら一発でバレちゃうから。大丈夫、大丈夫。僕、化学は得意だし、1限2限の内職でどうにかするからさ! じゃあな!」  そう口早に宣言すると、純は足早に俺の席を離れ自分の席へ戻っていく。 「あ、おい、ちょっと待て」  その結果、俺は南波と二人っきりになってしまう。恐る恐る目線を上げると、薄茶色の瞳と目が合った。 「…………」  ほら、気不味い。どうしてくれるんだよ、これ。俺はうっかり溜息をついた。あいつがちゃんと責任持って、南波を回収してくれりゃあ良かったのに!
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!