1ー3

1/4
132人が本棚に入れています
本棚に追加
/91ページ

1ー3

 3限4限と続いた化学の授業が終わり、昼休みを知らせるチャイムが響いた。気を付け、礼、といつもの日直の号令が終わるや否や、周りの空気は一気に緩み騒々しくなった。俺は凝り固まった体をほぐすように、手を組んで伸びをする。 「啓介、ご飯食べよう。お腹減った〜」  相当疲れたのだろうか、弁当を持った純が俺の机にすっ飛んできた。「吉見くん、席借りるね」と俺の前の席の生徒に声をかけ、俺の机に紺色の弁当袋を置く。 「今日の弁当は、姉貴製でさ。朝から楽しみだったんだ」  そう言いながら、純はいそいそと弁当箱を取り出した。本人が気付いているかは知らないが、滅多に見ないような幸せそうな笑みを浮かべている。    俺の弁当は俺か弟が作るが、純の弁当は母か姉が作る。純の母が作る弁当はいつも日の丸弁当のようなシンプルな……悪く言えば雑な弁当が多いが、姉の涼子さんが作る弁当は丁寧で栄養面も気が遣われていて、そして何より美味い。たまに純からおかずをお裾分けしてもらうことがあるが、彼女の料理スキルが高いことはすぐに分かった。そして、純が彼女に愛されているのもよく感じた。 「姉貴が両親の良い遺伝子全部吸っちゃったからさ、僕は残りカスなんだよね」  以前純は、そう言ってバツが悪そうに笑っていた。流石に「残りカス」な訳ないだろうとは思ったが、確かに純はメシマズの部類に当たる。決して味音痴では無いしむしろ味覚には敏感な方だが、それを上回る不器用さが彼の作る料理をダークマター化させる。継続して慣れさえすればきっと上手くなるはずだが……純の料理を食べ続けるのは、多大な精神力が必要になるだろう。 「わ、今日は生姜焼きだ。やったぁ」  そう嬉しそうに言って弁当を頬張る純。目の前の彼が余りにも美味しそうに食べるから、涼子さんも純にご飯を作ってあげるのが楽しいんだろうな、と俺は想像する。俺の弁当は今日は自分で作ったもので冷食をチンしただけだから、吾妻家が少し羨ましい。 「そういえば、お前化学のレポートはどうしたの」 「ん、あれ? 無事に提出できたよ」  彼は箸を持たない方の手でピースサインを作り、得意げに笑う。何故だか俺も嬉しくなって笑ってしまったが、純の次の言葉で顔の筋肉を強張らせた。今まで忘れていた人物を嫌な気分と共に思い出すことになったからだ。 「わからないところは、南波(、、)に教えてもらったし」
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!