1ー1 

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「おはよ、啓介」  朝礼間際になり騒めき立った教室内で、一人黙々と問題集を解いていた俺は、柔らかいハスキー声の持ち主の方へ顔を向けた。声音に違わず柔和な表情を浮かべた生徒が、俺の机を覗き込んでいる。 「おはよう、純」 「あれっ、その問題前も解いてなかったっけ」 「3周目。問題集なんか繰り返し解いてなんぼだろ」 「うげーまじかよ。僕なんか、まだ5ページも終わってないっていうのに」 「せめて次の試験範囲くらいは今週中に解いておけよ。分からないところあったら教えてやるから」 「そりゃどうも」  彼は興味なさそうに、ふわりと欠伸をした。確か今日は部活の朝練だったはずだから、寝不足なのかもしれない。 「お前、今日()眠そうだな」 「まあね」  俺の幼馴染、吾妻純はばつが悪そうに鼻背の上のそばかすを掻いた。俺は彼の顔に手を伸ばし、目の上までふんわりとかかった前髪をそっとどける。焦げ茶の瞳と目が合った。 「何、急に」  純がちょっと嫌そうな表情を浮かべ、俺は慌てて手を引っ込めた。 「また前髪伸びたな」 「余計なお世話だよ。髪伸びるの早いんだから仕方ないだろ」 「それに今日は一段と寝癖が酷い」 「えっ!? えっ、嘘」  一転して慌てた表情を浮かべ、彼は猫っ毛でふわふわとした頭を押さえた。コロコロと変わる表情が面白くて、俺はクスクス笑う。 「そんなぁ。さっき西田にからかわれたから、ちゃんと直しておいたはずなのに」  必死に押さえる手は、肝心の寝癖の場所に当たっていない。俺は笑いながら、純の髪の毛に再び手を伸ばした。 「ちゃんと鏡を確認しないから、そうなるんだよ。仕方ないな、俺が直して」 「ほんとだ、マジで吾妻の寝癖すごいな」  聞き慣れない声が間近に聞こえ、俺は手を止めた。本来俺が触れようとしていた場所を違う手が抑えている。 「うわっ、誰!? ってお前かよ……びっくりした」 「吾妻驚きすぎじゃん、超ウケるんだけど。あ、おはよう。牧田」 「えっ。お、おはよう。えっと……」  えっと、誰だコイツ。俺と同じクラスなのはわかるけど、こんなカースト上位っぽい奴と個人的に関わった事なんてない……はずだ。とはいえ、純と親しそうな様子を見ると無下には出来ない。だが、どうしよう、全然名前が思いつかない。 「もしかして牧田、俺の名前、分からない感じ?」  うわ、気まずい。それに、面倒臭い。なんでこの手のウェイみたいな連中は「自分のことは知ってて当然」みたいな感じで迫ってくるのだろうか。困った俺は助け舟を求めるべく、純に目配せをした。 「啓介、マジで知らないのかよ。南波翔だよ、ほら、僕と同じバンドでギタボやってる」  純と同じバンドの人ね。なるほど。完全に初対面だ。 「ああ、思い出した。そうだったそうだった、すまん」
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