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「あ、やば」
と口で言う割には少しも焦った様子を見せず、少年は両手でスマートフォンを操作している。向かいの席に座ってハンバーガーにかじりついていた青年は、もぐもぐと大きな口で懸命に咀嚼しながら目を丸めた。どうかしたんですか、と視線で問うと、少年が顔を上げずに答える。
「間違って別垢に、今日の撮影の様子呟いちゃって、慌てて消そうとしたら間違ってアカウントまで削除しちゃった」
「……いろいろとツッコミ入れたいところはあるんすけど、大丈夫ですか?」
「うん。もう復活したから大丈夫」
少年はドリンクを手に取った。今度は飲みながら、片手で操作を始める。不備がないか、確かめているのだろう。
「別垢って、一般人に成りすまして使ってるんでしたっけ?」
「へえ、お前は自分のことを一般人じゃないと思ってるのか。さすが、ファンの子に負けたと言わせたカグヤ様は違うね」
「そっ、そういう意味じゃないですって!」
青年はつい、大声を上げそうになったのを我慢して声を潜めた。
店内には、まばらではあるが、他にも客がいる。こんな場所で大声を出せば注目されるのは必至だ。ただ注目されるなら恥ずかしい思いをするだけで済むが、自分達の正体に感づかれてしまうと、ちょっとした混乱が生じる可能性があるので、なるべく目立つ行動は控えなくてはならない。
そう彼は常々注意し周りを警戒しているが、正面に座る少年はそうではない。さすがに街を歩く際には変装をするものの、居場所が特定されるような写真をすぐSNSに載せたり、どこからか自分達の歌が聞こえてくると口ずさんだり、人前で「カグヤ」と割と大きめの声で名前を呼んだりする。いつ周りに感づかれてもおかしくはない状況を自ら作り出すのだ。とても正気の沙汰とは思えない言動に、いつも一緒にいる彼は振り回されてばかりである。
そろそろ自分が世間からどう思われているのか、ちゃんと自覚を持ってほしい。
まだデビューして一年目とはいえ、世間から注目されるアイドルグループ・CUENTOの一員なのだから、気づかれれば騒ぎになるのは否めない。これは決して、自意識過剰なんかではないのだ。
なのに、少年には危機感がない。
「あ、フォロワーさんに挨拶しにいかないと」
「……はあ」
どうか、一生フォロワーさんにもファンの子達にもバレませんように。
心の底から祈りながら、青年は不安を飲み込むようにハンバーガーに食らいついた。
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