The Plough

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荷物の整理その他諸々の雑事を終えて、レイに先導されながらその場所へ行くと先にアリシアがその前で待っていた。 「やぁ、早かったね。じゃ早速始めようか。能力測定。」 レイを下がらせ、少女はだだっ広いホールのようになっている広間の大扉を閉めてカギを内側から閉ざす。 これじゃあ、何もなくただ広いだけの空間だ、一体何を測ると言うのだろう。 首を傾ぐ少年に少女は何かを投げる。 「能力測定なんて言ってるけど、要は手合わせね。それ使って。」 受け取ったそれは、ボールペン程の大きさの蒼い液体が入った何らかの装置。 「……未使用の演算装器(カリキュレータ)、これ貰ってもいいのか?」 「当たり前、使っていいって言ったでしょう。一度入れたデータは細かい長さとか重さとかは兎も角、剣を鋼糸にしたり、槍にしたりなんて無茶苦茶は無理だし、日本刀のデータなんて黒髪(シュヴァルツァ)の他に使う奴なんてそうそう居ないわ。演練用だし勿論刃は入ってないわよ、さっき聞いたけど、蛙禽(コカトリス)を両断できる様な新入りなんかと普通の武器で戦ったら流石に私でも怪我の一つや二つはするだろうし。……っていう訳で、始めましょう(Shall we dance)?」 言って少女は紫苑が握るのと同じ物――但し中身の液体の色は白色だが、を取り出して軽く振る。 刹那、白銀の長剣がその手に現れた。 「こっちも刃は潰してある、まぁ摩擦でも物は切れるし、割と重いから打ち所が悪ければ死ぬかもだけど、寸止めするから安心して。じゃあどっちかが倒れるまで、君から始めてくれて構わないわ。」 紫苑は握ったままの演算装器(カリキュレータ)に意識を向けた。 ただの棒を指先から取り込んで一体化させるような懐かしい感触。 指先に溜まっていく力の圧がどこかでふっ、と失せて循環(めぐ)る。 気付けば、その手の中に蒼味を帯びた銀色の刀が表れていた。 「―――疾ッ!」 勢い良く地を蹴り、少女の方へ走る。 異能によって加速された生体電気が常人にはありえぬ反射速度と運動能力を彼に与える。 少女はただ黙って剣を構えるのみ。それを見てさらに紫苑は加速する、 ――これなら取れる。 そう思い刀を握る手から少し力を抜く、同時、ふと頭上に冷たいものを感じた。 半ば反射的に得物を無理矢理上へと振り上げる。 キンッ、という怜悧な音がそこからした、何もない中空で。 前を見れば目の前にいた少女の姿が霞と化して消えていく処だった。 振り向き様に紫苑はその前に進む。 何もない空間に風が生まれ、少年の後ろの髪を一二本はらはらと切り散らせた。 「よく気が付いたね、お見事。」 陽炎が生じ、そこからアリシアが現れる。 今度は本物だ。 「―――〈蜃気楼(ミラージュ)〉だろ、加速系と減速系両方持ってる異能者がよく使う手だ、まあ殆ど勘と運任せの迎撃しかできなかったけど。」 彼女と剣を打ち合わせながら吐き捨てるように言う。 実際今のは今までに見た〈蜃気楼(ミラージュ)〉の中で一番といって良い程滑らかで自然なものだった。  因みに、加速系――というのは名の通り分子運動を加速させる異能の事、要は温度を上げて物を燃やしたり空気の密度を変えたりが出来るという能力だ。 腕力自体は恐らく少年の方が上な筈だが、押し負けているのは彼の方。 重さで鎧を叩き切る事を主眼に作られた重くて頑丈な長剣と、斬れ味重視で華奢、悪く言えば衝撃にそれほど強くない日本刀の差である、 刃が持たないと判断して紫苑は地を蹴り後ろに下がる。  追い縋る少女の姿――速い。 もう一度打ち合い、刃を上手い具合に滑らせて懐を狙うこと数度。 けれど全て見切られる、キンッキンッという小気味のいい音と上がり気味の二人の吐息のみが静寂の中に生まれる。 「上手いね、電操系の異能だけでここまで戦える新人は初めてかも。」 「本気出してない人に言われたくない。」 言って刀を跳ね上げ剣の軌道を逸らす。 ――次の一撃で決めてやる。 さらに彼女の間合いに踏み込んで、彼女の剣を持つ手を刀の柄で叩く。 完全に軌道を狂わされた剣がカランと音を立てて転がった。 その音を聞きつ刀を横になぐ、そして少女の白い首筋の手前で静かに止めた。 全てが刹那の合間に起きたこと、 「お見事、まさか相討ちまで持っていかれるとは思いもしてなかった。優秀ね、君。」 彼の喉元に手刀を当てたままの姿勢で少女は静かに嘆息した。 手刀を解いて少女は額の汗をぬぐう。 「なんで負けたんだろ。」 「本気の半分も出してなかったからだろう?」 「君も減速系の異能は一度も使わなかったじゃない、もしかしたら勝ててたかもよ。まあ、私の面子もあるし、そうそう勝たせる訳にも行かないんだけど。」 「支部長として?」 「そ、これでも〈最輝星(シリウス)〉の称号与えられちゃったし、協会の中でも割と知られてるみたいだし、あんまり他人(ひと)に負ける事が出来ないのよ。」 彼女は内側のロックを外し、扉を開く。 連動しているのか、自然と日本刀が元の演算装器(カリキュレータ)の姿に戻る。 「やあ、おめでと。初見殺しのあの技破った人久し振りに見た。 それに、アンタとなら大分やりやすそうだ。」 目を遣れば、近くの壁に寄り掛かるようにしてレイが腕を組んで立っていた。 「何が…?」 聞けば笑いかけるように少年が言う。 「僕は勝手に、アンタが速さと精密さ重視のタイプだろうと思ってるんだけど、見た所、面攻撃は苦手そうだったから。それに、減速系の異能で氷を作りまくって相手の足場を封印して戦うタイプでも無さ気だから、僕みたいな加速系の火炎瓶とは相反しない。…違うかな。それに僕は電操系と加速系の二重因子保持だから減速系の異能は持ってない。」 因みに異能は原則として加速・減速・電操系の中から二つまでしか保持することができない、これを二重因子保持の原則という。   異能は他の多くの生体エネルギーと同じく細胞内で合成されるATP(アデノシン三リン酸)と寿命ともいわれる細胞末端粒子(テロメア)を原料とし多くの種類の異能を持つ異能者程、短命である。 そのため生物としての生存本能が、異能因子を二つまでしかDNAに埋め込ませてくれないともいう。 あくまで原則の話で人工生命(ホムンクルス)の中には三重因子を持つ異能者(モザイク)もいるらしいが。 「よく見てるんだな。」 「まあね、ところでもうそろそろ夕食時だ。二人とも一緒に行かないか?」 時計を見やれば一七四五時である。 気付いたのと同時に腹の虫が鳴る。 そういえば今日は昼から食べていないことに紫苑は今更ながら気が付く。 茶化すようにアリシアが微笑んだ。 「ああそうだね。紫苑は特にお腹減ってるみたいだし。」 「…五月蠅いなぁ…。」 白く広い廊下の中、三人分の足音と話し声のみがこだましていた。
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