7.サイガ解放戦

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7.サイガ解放戦

 ホートー軍団長と勇敢なる兵士たちの献身的な奮闘により、ガッツォと第七軍団は辛くもサイガ近くの漁港に上陸を果たした。我々の上陸阻止に失敗した十五隻のナニア軍船たちは、矢のような速さでサイガを包囲中のナニア軍の元に報告に帰っていった。  数に勝る敵に打ち勝つために、ガッツォは当初、サイガ近隣の沿岸に速やかに上陸するや否や、直ちにサイガの町を急襲して敵の不意を衝くことを狙っていた。しかし予想以上に上陸に手間取ってしまい、敵船に気付かれてしまったのでもう奇襲にはならない。  逆に、もしこの狭い漁村で敵の大軍に囲まれてしまったら、海よりほかに逃げ場も無く、たちまち押し包まれて殲滅されてしまう危険があった。行動は急を要した。  ガッツォは出発前にサイガ周辺の詳細な地形図を入手して、綿密な戦術検討を行っていた。その結果、サイガの町の南にある小高い丘に注目していた。  その丘の上からはサイガの町とそれを囲むナニア軍の陣容が一望できる。丘の斜面は樹木のほとんど生えていない一面の牧草地で、重装歩兵が展開するのに実に都合がいい。  ――もし仮にナニアの軍に少しでも兵法を知る者がいれば、あらかじめその丘は占拠されており、我々は苦戦を強いられるだろう。だが、もし占拠されていなければ、我々の勝利は袋から物を取り出すかの如くにたやすい――  ガッツォはそう考えていたので、第四戦速(注1)で急行させた先鋒隊から、丘の上には敵兵が誰もいないとの報告を受けた時に、この戦は間違いなく我々の勝ちであるとの確信を得た。  それで、自らもその丘の上に到着すると、軍団の先頭に立って、兵士たちを前にこう呼びかけた。 「見よ、眼下に広がるサイガの町を。  あの町の城壁の中で、我がウドゥンの永遠の友、カマアケルが我々の助けを待っている。諸君らは今日これより、仁義を知らぬ邪知佞姦たるナニア族の手から同胞カマアケルを救い出し、ウドゥンの鋼鉄の友情と正義をセトナイの海に示すのである。  ガッツォはすでに斥候を放ち、ウドゥンを囲む兵の数が五千であることを確認している。それに対する我が軍は、諸君ら第七軍団だけの三千。  だが、ガッツォは知っている。この三千人は常勝のウドゥン重装歩兵の中でも、最も強く最も誇り高き万夫不当の勇士たちであることを。  諸君、盾を構え決して隊伍を崩すな。目標はカマアケルの待つウドゥン城の大手門である。我々は一つの岩塊となって一直線に目標に向かって突き進み、ただ、あの軽薄なナニア族の包囲の網を切り開くのみ。さすれば、未来に絶望し投槍を構える力も尽きていた城内のサイガ兵たちも、息を吹き返し、共に戦う仲間となるであろう。  ガッツォのこの目は、諸君の活躍を全て漏らさず見ておるぞ。  さぁゆこう、第七軍団の勇士たちよ。  さぁゆこう、ウィシャモヌスの照らす栄光の道を!」  ガッツォが右手の鉄杖(注2)を振り上げると、第七軍団の兵士たちは一斉に盾を打ち鳴らし、獅子のごとき雄叫びを上げた。そして隊列を組んで勢いよく敵に向かって丘を駆け下りていった。  なだらかな丘を駆け下りることで、重装歩兵たちの歩みには自然と勢いがつく。敵陣に近づいたところで一斉に投擲された投槍は、上から下に投げ下ろす形になり、その威力を増してナニア軍兵士たちの盾と鎧を容赦なく貫いた。  敵が浮足立ったところに、我が軍の重装歩兵たちは盾を構えて突入し、抜剣して斬りかかっていく。たちまちナニア軍の包囲網の一角が崩れた。 「敵の首は捨て置け! 城門だ! 隊伍を崩さず城門に向かうのだ!」  ガッツォは鉄杖を振り回してそう叫んだ。その指示は直ちに前線の百人隊長たちに届けられ、練達の百人隊は的確に司令官の指示通りに動く。我々はエヴィテドン(注3)の群れのように一丸となって、敵陣を切り裂いて真一文字にサイガの町の城門までたどり着いた。  だが、敵は大軍である。我々が敵陣の中を切り開いた道は、何事も無かったかのように敵の軍兵たちで直ちに埋め戻され、じわじわと押し包むように少数の第七軍団を圧迫してくる。兵士たちは盾を構えて押し返すが、敵の人数は我々の倍近い。ガッツォはサイガの城門に向けて大音声で呼ばわった。 「我こそはウドゥン共和国のサイガ救援軍総司令官、ガッツォ=キシメヌスである! 精強なるウドゥン第七軍団と共に、ウドゥンの永遠の友カマアケル殿を助けるために、セトナイの海を越えて今ここに参上した!」  すると城壁の上に、長髯の偉丈夫が現れてその声に答えた。 「私はサイガ族族長、カマアケルである! 我が要請に答え、我が永遠の友ウドゥンが直ちにキシメヌス将軍を差し向けてくれたことに、心から感謝を申し上げる!  城壁の内側に立て籠もるサイガ族の諸兄よ。今こそ城門を開き、盟友ウドゥンと共に、敵を撃ち払う時である! 全軍、今一度盾を持って立ち上がれ!」  カマアケルの号令と共にサイガの城門が開き、そこからサイガ族の兵たちが隊列を組んで出撃してきた。その体は傷つき、盾は血と泥濘にまみれていたが、瞳は戦う力をまだ失ってはいない。  我々は互いに盾を打ち鳴らして敬意を表し合うと、共に敵軍に向かって猛然と突撃していった。 8e364a59-277b-43b0-85ff-12fbbb2f32eb 訳注 (注1)「第四戦速」古代ウドゥンの重装歩兵は、第一戦速から第四戦速まで一日の行軍速度が決まっていた。第一戦速は敵の勢力下を警戒しながら進むもので、5時間で15キロ。第二戦速が通常時の行軍で、5時間で25キロ。第三戦速が7時間で35キロ。第四戦速は戦場を全速力で移動する時に一時的に用いられるもので、足の遅い荷駄部隊を捨てて1時間あたり8キロを進むが、一日3時間を超えて行うことは軍団を危険に晒すものとして原則として禁じられていた。 (注2)「鉄杖」ガッツォ=キシメヌスは戦場において、生涯一度もその身に剣を帯びなかった。司令官の身を守るのは剣ではなく、自分が立案した作戦とそれを忠実に遂行する軍団兵であるという彼の信念による。  彼は剣の代わりに、鷲の飾りがついた鉄の杖を自ら考案して常に持ち歩き、それを振って軍団を指揮した。この形の杖が、後の帝政期になると「バクルス・キシメナス」と呼ばれ、皇位継承の象徴とされた。 (注3)「エヴィテドン」当時のイナニア地方に広く生息していた偶蹄目の大型草食獣。密集した大きな群れを作ることで外敵の襲来から身を守る習性があった。18世紀の乱獲により絶滅。
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