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#4 追撃と破壊
偶然の出来事ではあるものの、失った記憶を取り戻し、天使として再度覚醒したさくら。しかし、覚醒したからといって性格や人間性、その行いに変わりはなかった。
変わったことといえば、本来地上に降りて行うべきだった『善行を積み、人々を幸福にする』という目的を果たそうと、時々気が向いたときに無茶をするということだ。ただでさえ、普段から暴走気味だというのに、巻き込まれる方はたまったものではない。俺は溜息をついてばかりだ。
「……。ふーん。天使も下着はくんだな」
俺はさくらの、床に乱雑に脱ぎ捨てられている衣服や下着を見ながらそう言った。天使も普通の人と同じように服を着るものなのだなと、そう思ったから。ただそれだけのことだったのだが……。
「な……! 変態! 何見てんのよっ!」
恥ずかしいのか、さくらはご立腹。この辺はやはり、年頃の女の子らしいといったところか。
もっとも、今は下着なんぞよりも重要なことがある。こいつは風呂から上がったばかりなわけで、体に身に付けているのは大きなバスタオル一丁のみなのだった。こんな格好でいるのはちゃんとしたわけがあるのだ。
「いやな、さくらよ。脱いだ服はそのままにしておくべきではないと思うぞ? 少なくとも、俺は男なわけでな」
もちろんさくらの下着も洗濯の対象だから、洗濯機に放り込んでやったのだが、男に洗わせて恥ずかしくはないのだろうか?
「ああもう、なんて狭い部屋なのよっ! どうしてこんな所に来ちゃったんだろ! 大失敗よぉっ!」
「てめぇ。居候の分際で居住環境に文句つけるかっ!」
っていうか、あれだ。週に三、四度まとめて行う洗濯で、この天使様の服も一緒に洗濯機にぶっ込んだわけだ。よって、今更ではあるのだが、目の前におわす天使様は今現在着る服がない。
こいつが地上に辿りついたとき、ドジを踏んだことによって記憶を失い、そのまま着替えやその他の荷物は全て失われてしまったそうな。間抜けさにも程があるというものだ。
さて、着る服がないとなると当然、身体を覆う布地の数は乏しくなるわけだ。
「で、どうする?」
「どうする、じゃないわよっ! 女の子を裸にしたまま放置するわけっ!? それも幸せ運ぶ可愛い天使さんを!」
何が幸せ運ぶ可愛い天使だボケ。とか言って突き放したくなるが、まぁいい。
「裸っつっても、バスタオルつけてるじゃないか。それならオールオッケーだな。ずっとそのままでいろよ」
「これは服にはなんない! バナナがおやつのうちに入らないよーに、バスタオルも服のうちには入らないわよっ!」
「まあ、乾くまで待てよ。今日は天気いいし、すぐ乾く。……あ、そーだ。なんなら、これはくか?」
俺はぽいっと、とあるものをさくらに投げつけてやる。すると、ばしっと投げ返された。
「やだ! 絶対ヤダっ! ふざけんなったらふざけんなばかーーーーッ! 汚いもの触らせないでよっ! ばっちぃばっちぃばっちぃ! えんがちょおおおおっ! えんぴいいいいっ! ばりああああっ!」
む。そいつぁ聞き捨てならぬな。俺はこめかみの辺りがピキッときたのを感じていた。
「まてまて。このトランクスは確かに男物だが、つい先日買ってきたばかりの未開封品だ。それにだ、ちゃんと金属探知器で検針済みって書いてあるぞ?」
「だからって、女の子に男物トランクスをはかせるんじゃなーーーいっ!」
それはトランクス派である俺に対する挑戦にも等しい一言だった。
「何でだよ! トランクスはいいんだぞ! とってもはきやすくて動きやすくて通気性も良くて! レディースものトランクスでないのは致し方ないとして、どうして女がはけないというのかっ! 女が男性ものトランクスをはいて何が悪い! 原稿用紙四枚分くらいの文章で簡潔かつ明瞭にレポートを書いて提出しやがれこんにゃろう!」
「んなことあたしが知るくぁっーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
びしびしといつの間にか現れていた聖なる羽でどつかれる。手足のように使えて何だか便利な羽なことだ。
「痛い痛い痛い! で、でもな、さくら! 実際問題、着られるものはそれ以外にないんだぞ? 着替え、持ってこなかったんか?」
「うぅ……。持ってきたけど全部無くしちゃったのよぅ……。記憶失ったとき、一緒に……」
アホだ。こいつは実にアホなやつだ。
「まぁ、あれだ。素っ裸のまま、いろいろむき出しにしていたとしても、俺としては全くもって何の問題もないというか、逆に大歓迎なのだがな」
性格には大層問題があるのだが、外見の可愛さについては間違いはないのだから。いっそそのままでいてもらおうかな。とか思っていたら、その案はさくらの拳と共に却下された。
「じゃかぁしいわこのドすけべっ!」
「ぐおっ!」
天使チョップを脳天にくらう俺だった。その痛みに悶絶していると……。
「仕方ないわね」
背に腹は代えられない。素っ裸のままでいるよりはマシね。と、彼女は判断したようだ。
「悟ぅっ! ちょっとそっち向いてて!」
「風呂場で着替えりゃいいだろが」
「うっせぇ!」
それにしても何でこう、居候にああだこうだと指図されねばならないのだろうか。この部屋の主は俺のはずなのだが。理不尽だ。
「いいからつべこべ言わない! 今あたしの方を向いたらはったおすからね!」
「へいへい」
そして俺は素っ裸のさくらに対して背を向ける。……が。
「っとにもう。どうしてあたしがこんな目に遭わなきゃいけないのよ。ったく……」
「……」
「可憐な天使様に、男ものの使い古しトランクスをはかせるだなんて信じられないったらありゃしないんだから! っとに、サイテー! デリカシーっつーもんがねぇんだから!」
ぶつくさうるせぇ。こいつのどこが可憐なのだろうか。
「うるせえアホ。はきたくないなら返しやがれコラ。ノーパン天使にでもなって、恥辱にまみれてろ」
「はく! はくわよこんチクショウ!」
「おいさくら」
「あによ! まだこっち向いちゃだめなんだからね!」
「いや、俺は約束を守る男だ。そんなことはしないさ。……ただな。さくらのお尻ってまん丸で大きめで、安産型なんだなーって思ってな。いやー、実にいい形をしてるなって」
「はぁっ!? 何を言って……」
「まぁ聞け。俺はお前に言われたとおり、お前に対して背を向けているぞ。……俺の目の前に何があるかは別に問われてないしー」
「!」
俺はちょいちょいと人差し指で差してみる。……俺の目の前にあるそれは、人の背丈ほどはある大きな姿見なのだった。さくらは迂闊なことに、その存在を見落としていたようだ。裸をばっちり見られていたという事実を知って、瞬時にさくらのデコがひくついていく。あ、おこだ。かなりの。激おこだ。
「……っこ、このっ! このっ! この……どスケベやろおおおーーーっ!」
「ぐふっ!」
そして、バキッと一発フックが入る。
「悟ぅぅぅぅぅっ! てめーこの野郎なにあたしのぷりちーなお尻をまじまじと見てやがってんだド畜生おおおおおっ! おっぱいもみただろ! あそこも見たんかっ!? どこまで見たってんだ!? 歯ぁ食いしばれええええええっ! おらおらうぉらああああああっ!!!!」
びしびしびしっと、美少女のスピードラッシュが俺の顔面をめった打ちにする。そんな機会はなかなかあるものではない。
「おっおっおっおっおううっ! く、食いしばる前に殴ってるじゃねーかああああああっ! あぶしっ! おふっ! ごふっ! まじ痛い! やばいて! ぐふぉうっ! やめろさくら! ごぼぉっ!」
「うるせえええええええっ! さぁ~~~とぉ~~~るぅぅぅ~~~~!」
そしてワンツージャブの後、バキッという音と共にとても威力のあるストレートがもろに頬に入った。俺は吹っ飛ばされて鏡に叩きつけられ、鏡がピシッと割れていた。
「ままま、まてまてまてまてまてっ! 俺はなんもしてない! お前に言われたとおり背を向けてただけだあああああっ! 誤解だあああっ! 幸せ運ぶ天使様が人様を殺めていいんかーーーーっ!」
「んなもん知るかーーーーーっ! 誤解も読解も理解も和解もないわあああああああっ! 地獄に落としたるわああああああああっ!」
尚もグーで殴るさくら。無論、手加減という文字は彼女の辞書には載っていないようだった。
「がはっ! い、痛いぞさくら! 本気で痛いぞ! ってかさくら! 地獄って、お前天使だろがっ!」
「天国のお隣は地獄なのよ馬鹿! それに痛いのは生きてる証拠! 痛くなくしたるわあああああああっ!」
今度はゴスッと蹴り! 興奮しているせいか、既に翼は全開状態で、トリプルなお下げが逆立っていた!! とっても怖い。
「ごふっ! お、おおお、落ち着け落ち着け落ち着けえええっ! 俺はさくらのお尻を……ほ、褒めてるんだぞ! まんまるで白くて綺麗で女尻って感じで……! マシュマロのよーに柔らかそうでっ! ってか、さくら! トランクスはけトランクス! あああああ、あそこがあそこがあそこが……み、見えちゃうぞおおおおっ!」
っていうか、実際見えてる。一筋の線と薄めの毛が……って、ああ、なんでもないったらなんでもない!
「悟。見たの?」
「うん。……天使も、その、あれだ……毛が生えてるものなんだな。うん」
ところが俺は、思ったことを口に出してしまったのだった。
「うッきーーーーーッ! どこまでみてンのよおおおおおッ! ふッざけんなああああああこのどすけべ大ばかやろーーーーっ!!!! 特大エンジェル砲ううううーーーーっ!」
「うっぎゃああああああーーーーーーっ!」
その瞬間。辺りはぴかっと光って、アパート中に激震が走った挙げ句、窓ガラスをことごとくパリーーーンと破り、巨大なエネルギー砲が屋根を突き破ってお空に一条の線を描いていったのだった。
「もうお嫁さんにいけない! うああああんっ! 悟の大馬鹿ああああっ!」
こんなのを嫁にする男は、きっと大層苦労することになるだろう。
……とりあえず、この様な大騒動を経て得られた教訓は一つだ。それは、補給は大事ということ。
このようにして、さくらの私服の数が絶望的だったので、急遽俺達は、ウニクロという極めて一般的な衣料品店に、買い出しに行く事に相成ったわけである。
◆ ◆ ◆ ◆
ちなみにその道中。
「お、お、おおおおおうっ!?」
駅にて電車を待っている途中のこと。特急電車がものすんごい勢いで通過していったわけなのだが。
「はひゃあああああんっ!!」
なかなかの強風が吹き付け、さくらのちょっと短めなスカートがブワッと、マリリン・モンローの白いドレスというとてつもなく古い事例のようにまくれ上がってしまった。
……で、電車を待っていた男達の、可愛い女の子のスカートがまくれあがるという『決定的瞬間を目撃した、嬉しそうな(=やらしそうな)視線』が、さくらに集中するのだった。が……。
「っ!?」
その視線が『ええええっ!?』 というような、いわゆる驚いて空いた口が塞がらない系のものに変わるのは、すぐのことだった。
「ああぁっ!? てめえらあああああっ! 何みてやがんのよこんにゃろおおおおおおっ!」
彼らが想像していたもの。例えば純白の乙女チックなパンツ……とかそういったものはそこには無く、仕方なく、やむを得ずにはいていた俺の男性用トランクスがそこにはあったのだ!
「ホーリーブラスターーーーッ!」
まばゆい光と共に、びしぃっという凄まじい衝撃波が辺りに走った! 割れるガラスに電球! 吹っ飛ぶコンクリ! ……だが、怪我人は誰一人いないという、恐怖の威嚇攻撃だった。
さくらの力によって、すぐに全て元通りになっていたのだから。この一件は、ポルターガイストが出現したかのように、原因不明の変な事故として後々ニュースになったらしい。
――とまぁ、そんなこともあったのだが。それはさておき、俺達は今、ウニクロの店内にいた。
「あいててて。あんにゃろう、本気でぶん殴りやがって」
というわけで、天使様である七瀬ミナエルさくらさんは、人間界での衣料品店に、初めて行くことになったのだ。んで俺は、試着室の外にて待っているわけだ。
(しゃーねぇな。っとに……)
で、しばらくしたら、試着室から嬉しそうにさくらが出てきた。
「へっへー。悟悟さーとーるー」
「やっと出てきやがったか。……って、おい!」
「見ろっ、新しい下着だぞーっ♪」
そして、試着している下着を嬉しそうに、堂々と見せるのだった。
「ば……馬鹿野郎! 何見せてんだよコラ!」
「きゃんっ」
俺はシャっと、試着室のカーテンを閉める。こいつはつい数十分前まで、俺に裸を見られて激怒しやがったくせして、何なんだ一体。
「あ、ひょっとして照れてんの~? いいわよぉ~。今はあたし、服をたんまり買ってもらうからとってもとってもとぉ~~~ってもご機嫌なんだから~。ちょっとくらいなら見せたげるわよぉ~~。出血大さ~びすよぉ~」
「あのなぁっ!」
「遠慮しなくてもいいのよ~。ちゃ~んと見せてあげるから~。ほれほれ。うりうり」
閉じたカーテンの中から、剥き出しの白い太股を僅かに出してちらちら見せてくる。
「やめんかアホ!」
「きゃぁんっ!」
そして当然、俺によって頭をど突かれる天使様。何だか知らないが、とても楽しそうだった。
……でも、たまたま側にいた女性の店員さんが困ったような笑顔で、試着の具合を聞いてくる。
「あの、どうしましょうか……?」
どうしましょうか、と言われてもなぁ。
「あー……。えーと。……おいさくら。結局それでいいのか? どれにするのか決めろ。早くしろ」
「あー。んー。もうちょい待ってー。迷うー迷うー。これもいいしー、これもいいしー。これもすてがたいー。うーんーまーよーうーよ~~~。う~~~」
試着室の中には、何枚もの下着やら服やらがいっぱいあるのだった。これはもう、すぐに決まるわけがない。女の買い物とはまぁ、そういうものなんだろう。
(やれやれ)
しゃあない。俺はもう疲れて、半ば投げやりになって、店員さんに聞いた。
「……。全部で幾らっすか?」
◆ ◆ ◆ ◆
欲しい服や下着を何着も買ってもらって、ご機嫌のさくらさん。彼女と共に、最寄りの駅に停めておいた自転車にて、二人乗りをして帰る途中のこと。
ちなみにさくらは今、スポーティなTシャツにキュロットというスタイルだった。購入した服は全て値札を取ってもらって、早速着ることにしてみたようだ。
「ねえねえ悟ぅ。ホントにいいの~? こんなにいっぱい買ってもらっちゃって」
「ああ、いいさ。裸で部屋をうろつかれるよりはマシだ。それに、バイト代も結構出てるし、まあいいだろ」
多少金かかったのは事実だが、まあ、いいや。何だかさくらが喜んでいるみたいだし。不慮の事故とはいえ、女の子にとって服の数が少なすぎるというのは、流石に可哀想だから。
「ありがとぉ~。ホントありがと。お礼する~。……おりょ?」
「っ!」
ゆっくりと通りを走っていると。突然ガシャンという音がした。俺は間近で、人がはねられるのを目撃してしまった。一台の乗用車が信号の無い交差点を一時停止もせずに走ってきて、通行人を一人巻き込んでしまったようだ。
「お、おい。大丈夫かっ!」
俺は慌てて、倒れている人を起こそうとした。が……。
「あ。車、行っちゃう!」
さくらが言う通り、その車はそのまま猛スピードで逃げていくのだった。俺はその瞬間、頭に血が上っていた。カッとなった。
「ひき逃げかよっ! ……すみません! 誰か救急車呼んでください! この人、ひかれて怪我をしています!」
俺以外にも、周りに人がいた。その人のことは他の誰かにまかせて、俺は自転車で自動車を追いかけることにした。怪我人の救助とどちらが大事か、そんなことは冷静には考えられず、とっさにそのような行動をとっていた。
「さくらぁー! あの車だ! しっかりナンバー覚えててくれ!」
「え? あ、うん!」
幸いなことに長い下り坂だから加速は十分。……が、それは相手も同じこと。こちらは二人乗りをしている自転車。あちらは乗用車。馬力の差は言うまでもない。だが、ここは根性の見せ所だ!
「畜生ぉぉっ! まーーーちーーーやーーーがーーーれぇぇぇぇーーーっ! このひき逃げ犯! ぜってぇ逃がさねぇからな!」
だが、俺の執念も虚しく、あっという間に引き離されてしまう。
そんな時だった。やつが本気を出したのは。
「悟っ!」
普段のおちゃらけた雰囲気とはまるで違った、真剣な声。一言だけで、緊張感に満ちているとわかる。
「あんだぁっ?」
「ここはあたしにまかせて! しっかりグリップ握っててよ!」
「どうするってんだ!」
「こうすんのよっ! 行くわよ! 七瀬ミナエルさくら! アサルトモード発動ッ!」
「あ、アサルト?」
さくらは俺の肩をがしっと掴み、自転車の後部にある座席に両足を乗っけてから、ブワッと羽を全開にした。……ようだ。俺は後ろを見られないから、あくまで想像だったのだが。
「お前! 人前で羽開くんじゃ……」
「それどころじゃないっしょ! あたしの光の羽はねっ! こーんなふうに……超高出力のブースターにもなんのよぉっ! はああっ! ブーストモードっ! フルパワァーーーーっ! 舐めんなああああああああああっ!」
その瞬間。さくらの背中からドばぁンッと炎のようなオーラが放たれていた。前輪が大きく跳ね上がる!
「ど……どわあああああああああああああああああああああああああっ!」
例えるならそれは、ロケットエンジンのようなものだった。これまでに感じたことの無い、もの凄い推力だ。……後で聞いたところ、本気を出せば理論的には亜光速に達することもできるらしい。どんだけすげぇパワーなんだか。
「っしゃあーーーーッ! さぁ行け行け行けッ! GOGOGOGO!」
「あああああっ! だああああああああっ! し、し、死ぬぅぅぅぅぅっ!」
「もうちっとだから気合いで耐えんのよ! 気合いと努力と根性と勇気と忍耐で! もし死んじまったらあたしが天国に連れてって安らかにしてやっから、安心して特攻しなさいいいいいいいいいいっ!」
「そ、そんなの嫌だああああっ! 俺はまだ死にたくねええええええっ! ぎゃあああああああああああっ!」
凄まじいスピード……。今、もし仮にこの状態でスピンでもして何かに激突でもしようものならきっと、俺は豪快にこの世からおさらばすることになるだろう。それにしても、こいつに連れられて行くのは天国じゃなくて、地獄のよーな気がする。
「おおおおおおおおしおおおしっ! もーちょっとよっ! 頑張れ悟っ!」
俺の自転車が爆走すると同時に、彼女の大きな翼が強風を発生させ、周りのものをなぎ倒していたのだった。まあ、そんなことは今更で、気にしてはいけないよな。俺らが通った後にはぺんぺん草一つ残らない、なんて事はもはや当たり前のことなのだから。
「おっ……おおおっ! お、お、追いついたあああああああああああっ!」
そして俺達は、目標であるひき逃げ犯が乗っている乗用車の脇にまで到達した。だが、それを見てか、奴らは車体をこちらに寄せてきやがった。まさか……ぶち当てる気か!? 本気でやる気か!? 口封じするってのか!? そこまですんのか!?
「わああああああああっ! や、やばいっ! ぶつかるぅっ! 死ぬぅっ!」
俺にはもはや、打つ手がなかった。だが、さくらはその限りではなかった。
「ふん! 往生際が悪い奴らねっ! これでもくらいなさい! とわァっ!」
さくらは俺の自転車からぴょんっと軽やかに飛び上がり、空中で可憐に一回転をしてから、地面に向かって拳を突き出した……。光り輝く剛拳を!
「天使拳奥義! 天空・貫通拳っ! ぬおるわあああああぁあああああっ!」
攻撃目標は、乗用車のボンネット! さくらはそこを思いっきり殴りつけていた。見た目は女の子の細い腕だが、その威力は凄まじかった! ボディの鉄板はもとより、フロントに積んでいるであろう大型のエンジンにもズンッ! という鈍い音を立てて、でっかい穴を開けていた……。
エンジンが完全に死亡したこともあり、乗用車はキキキキッと急ブレーキをかけていた。……実際にはブレーキをかけたのか、あるいはさくらの馬鹿力によって強制的にかけさせられたのか、どっちなのかは俺にはわからないが、とにかく止めることに成功した。もっとも、スマートな止め方ではなかった。何故ならば乗用車はくるくると三回転くらいしてから、電柱にズガシャッとぶち当たって、ようやく止まったのだから。とてもとてもデンジャラスで強引な止め方だった。
「おーし! 一丁あがりっと! さぁ、さっさと出てきなさい悪人共っ!」
辺りには、大破した乗用車と折れた電柱と、吹き飛ばされてひしゃげた自販機やらなどの破片が散乱し、ガードレールも盛大にへこんでいた。
さすがはさくら。下級天使のくせして戦闘能力のみは上級天使並とは聞いていたが、ものすごい破壊力だ……。
っていうか、ああ……。遂にエンジンから火が出て、ドォンという音を立てて爆発までしちゃった……。中にいた奴らはその前に這々の体で脱出したようだが、よくできたものだな、おい。
そんな時、ぱんぱんと埃を払うように手を叩いているさくら。
「……ふん。他愛ないわね。まあ、死なないように手加減してやったけど」
「あれで手加減したのかよ。……何かもう、基準が違うな」
黒煙が辺りに立ちこめて、地獄のような惨状を作っておいて手加減とか。もう少しスマートな止め方とか、何かあったんじゃなかろうかと思わなくも無い。そんな俺の態度に、さくらはムッとした模様。
「あァ!? 何か文句あんの悟っ!? 言いたいことがあンならはっきり言いなさいよこんにゃろッ!」
「無い。無いです……。無いですとも。ええ……。あってたまるもんですか」
すすに汚れ、よろよろと這いずり回っている男達の前に、さくらは尚も立ちはだかる。ズンッと、大魔神様のように仁王立ちになり、そしておもむろに、ボリュームたっぷりの髪にでも仕込まれていたであろう武器……ぶっとい鉄パイプをジャキンと取り出して、ブンッと振り回していた。長くてゴージャスな光る髪は逆立っていて、まるで、地獄の鬼のようだ……。
「うふふふふ。さーてさてさて。……てめーらいっぺん死んであたしと一緒に天国までくるぅ? それとも地獄がい~い? こんがりジューッとてめぇらのデコにでっかい焼き印つけてあげやしょっかぁ? 悪い事したお馬鹿さん♪ ってね。それともてめぇら全員天国のいっちゃん高いとっから地獄の一番深くて硬くてごつごつしててとげとげしてるところにでも思いッッッきり叩き付けてあげよぉかぁ~!? あァん? わかったか? わかったらどれがいーかさっさと選べやおらァッ!」
仁王立ちのさくらはまるでゴゴゴゴといった擬音がとても良く似合うような、目がかなり逝っちゃっていて、正直かなり怖い。怖すぎる。
逆らったら一撃でぶっ殺されそうな。そんな彼女だった。背中から、燃えさかる炎のようなオーラが出ているように感じる。鉄パイプを掴んでいる天使様というのも、なかなか珍しいというものだろう。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
「あ、あ、悪魔あああああああああああああああああああああああっ!」
所詮人間も人の子。怖いものはある。善人であろうと悪人であろうと、だ。
「失礼ねっ! あたしは天使よっ! 悪魔呼ばわりするとは何事よぉっ!」
ごめんさくら。俺にも、今のお前は悪魔に見える。どっからどうみても天使には見えない。怖すぎるぞさくら。
……あ、ひょっとして、本気で怒っているのかな?
「お、お、お助けえええええええええええええええええええええええっ!」
「ごめんなさいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
震え上がった犯人達は完全に観念して、たまたま近くにあった交番へと駆け込んで、洗いざらい悪事を白状したのだった。
全てが落ちついた後で、彼女は笑顔で言ったものだ。
いいことをすると、気持ちがいいわね♪ と。
俺はもう、何も言うことができなくなっていた。一つわかったことは、彼女に追撃されたら最後。大いなる恐怖を味わうことになるだろう、ということだった。
それにしても、こんな事案であっても、彼女にとっての『善行』に、果たしてなっているんかいな? 俺にはわからなかった。
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