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Prologue
そこはまるで雲の中のように白く、もやがかかったところ。
一寸先も見えないことを気にもせずに、二人の、見たところ高校生くらいの年頃と思われるような少女達が、なにやら話をしていた。
「ねえ」
彼女は何気なく、隣にいる親友に言った。
「なぁ~に?」
まるで、緊張感の欠片もありゃしない口調。親友は彼女に対し、間延びした返事を適当に返していた。
「ちゃんと戻って来なさいよね」
「わーってるって。うん。わーってるわーってる。わーってますとも。まっかせて!」
彼女は内心、やれやれと思う。
悪いけれども、彼女にとって親友からの返答は決定的に信頼性というものが欠けていた。だからこそ、彼女は親友に再度注意を促したのだった。それはあたかも、口うるさい母親のように。
「もう……。いつもそう言って、普通に戻って来た試しがないんだから」
「あーはっはっはっ。たまたまよ。たまたま」
様々な失敗事例が五回、十回と続いていてるのにも関わらず、たまたまと言いきる親友。
「いつもそんな調子なんだから」
「そ。あたしはいつもそうなんだよ。……でもね、だからあたしはあたしでいられるんだ」
度重なる失敗もなんのその。自分自身のことを笑って言いきる親友に、彼女は呆れる。
「開き直らないで」
彼女のため息は、それはそれはとても深~いものだった。
「へへへ。ごめんね、心配かけて。……じゃー、あたし。そろそろ行くね~」
「気をつけてよね。本当に」
「ほいほいっと。ご忠告、痛み入ります。そんじゃ、ちょっくら行ってきま~す」
そしてふいに、親友は彼女の前から姿を消したのだった。ぼんやりとした霧の中に入り込むように。
「もう……。心配だなぁ」
親友がいなくなってからも、彼女の独り言はやはりため息混じりなのだった。
「あーん? どしたぁ?」
二人のそんなやりとりを聞いていたのか、どこからか、くわえタバコの若い男がやってきた。
「先生……。ミナが行きました」
先生という言葉からわかるように、どうやら彼女にとってこの男は、恩師に当たる関係のようだ。
「あァ? そっかそっか。あいつが行くの今日だったか。そんでもってわざわざ律儀にお見送りか。そらぁ、ため息の一つもつきたくなるってもんだわな。わっはっは」
豪快に笑う先生。
「もう。笑い事じゃないですよ」
男は彼女に注意されてもおかしいようで、笑いながらタバコを吸い続けるのだった。
「ま。なるようにしかならんさ」
「そうですけど……」
ちゃんと、無事に戻ってきてよねと。彼女は最後まで親友のことを心配していた。
その心配事はやがて、一人の男に直撃することになるのだが、現時点で知る者は誰もいなかった。
――物語は、ここから始まった。
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