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望まない好意
「茉帆ちゃんてさ、付き合ってる人とかいるの?」
他愛のない話をするために呼んだのではないだろうとは、思っていた。
健さんとは、大人数の飲み会でしか会ったことがない。それが今日は、アルコールには少し早い時間に、カフェに呼び出された。そもそも、わたしの知る限り微塵もアルコールに揺らがない彼が、先日酔ったふりをして連絡先の交換をせがんできたときから、覚悟していないわけではなかった。
でも、こうなるのはできれば避けたかった。注意して距離を保っていたつもりだったが、また悪いクセが出ていたのかもしれない。
『話したいことがある』と半ば話の内容を明かしているような申し出に対して、『内容がわかるのでお断りします』と先手を打つわけにもいかず、かといって、はぐらかすのはあまりに失礼だと思った。受け止めることすらしてもらえないことの痛みは、このところ身をもって学んでいる。
以前ならしなをつくって思わせ振りに返していたはずだが、しかしそれは過去の話だった。応えることはできない。結論は決まっているのだから、伝えなくてはならない。
とはいえ、伝え方にはなかなか頭を悩ませるものがあった。なるべく今後に響かないようにしたい。できることなら、グレーにしておいてほしかった――
グレー、って。
白黒つけざるを得ない状況に至ってなお往生際悪くどこかで逃げ道を探している自分が、ふとあの人と重なった。
最悪だ。
思った瞬間、カップの底に張り付いていた泡が、揺れて弾けた。思いの外盛大な溜め息を吐いてしまったらしい。今度は注意深く心の中で溜め息を吐きながら、嘘を吐くのだけはやめようと決心した。
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