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そう自分に言い聞かせたはずだったのに、ちょろいわたしはいとも簡単に彼の魅力に憑りつかれた。
確かに、いつまででも眺めていられる顔だった。しかしチーフの言っていた通り、案外マジメに仕事をする人でもあった。学校にはわたしよりマジメに通っていそうだったし、軽率な笑顔は撒き散らさないのに、大勢が集まる席ではうまく場を切り盛りしてくれたりもした。
見た目が派手で損をしているだけなのかもしれないと見方を改め始めた頃、しかしその日は、突然降って湧いてきたのだった。
わたしは、見てしまった。バイトもなく、たまたま遅くまで残っていた日だった。……たまたま、はいくらか嘘っぽい言い訳で、空き教室で何やらしていたら遅くなったというろくでもない痴情が事情なのだが、どうやらそれは彼らも同じであるらしかった。
向かいの空き教室からしれっと現れた彼は、信じられないくらい事後の色香を纏っていた。仕事中には感じたことのない、野性的な何かだった。彼に対してまだ警戒していたつもりだったわたしは、最後の砦が最も不本意な形で崩されたことを悟った。
一瞬にして全神経が震える。じわっと濡れた気さえした。それほどに、欲を掻き立てるものがその風貌にはあった。
遅れて出てきた女性は、疎い私でも知っている、学内で有名な美人だった。彼女の大きな瞳は、哀しげに潤んでいる。拭いもせずにはらはらと零れ落ちていく涙の理由は、察するに余りあるというものだ。そして、それでも逸らされない視線を背中に受けながら、ふと彼がこちらを見やった。
笑っていた。
わたしを? それとも、己を、だろうか。
どちらにせよ、あんなに冷たく笑う人を、わたしは初めて見たと思った。
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