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目が離せなくなった。
その後仕事で会っても、当然互いにそのことには一言も触れない。触れないのに、別の何かに触れられているような、くすぐられているような、妙な感覚があった。触れないことで、触れている、ような。事実、彼の視線には以前とは違う含みがあるように見えたし、そもそも、視線を感じること自体が増えているようにも思える。
誘われている? まさに罠にでも嵌められようとしているのだろうか。堕ちたら終わりだ。絶対に負ける。負け試合は初めからしないのが、わたしの主義であるはずであって ――。
それにしても、と何度でも瞼の裏に甦るのは、あの刺すような笑顔だった。妖艶ではあったが哀しく、鋭かった。見た目と違って案外穏やかなのかもしれないと思い始めていたわたしは、完全に騙されていたのだ。たぶん、あれが、彼の本性 ――。
触れたい。どうしてもそう思った。
彼の棘に刺されて、大丈夫だと笑顔を返したい。
わたしは痛くない、貴方は何も悪くない。
そう言いたいと思った。
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