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その日から龍弥は、これまで以上に執拗に求めてくるようになった。縋り付いてくるかのようだった。胸が抉られるように痛んだ。彼に再び喪失の恐怖を与えているのだということは、わかってはいた。
けれど反比例するかのように、わたしの身体は拒否反応を示すようになっていった。龍弥に抱かれる度、どこかで陵介さんの温度を想像して逃げるようになった。断る方がエネルギーが要ると思っていた他のあらゆる生温かい誘惑についても、回避するようになった。
「ごめん、やめよ。」
「どうしたんだよ篠宮。らしくない。」
「そうね、らしくない。」
「でも、濡れてる。」
「でも、しないの。」
認めざるを得なくなってきていた。陵介さんのことばかり考えてしまう自分を。あのときのゾクリとするほど冷たい笑顔が、忘れられない自分を。
あんなに痛々しく笑う彼の、心にそっと寄り添いたいと願った。わたしはあの人の、わたしがあの人の、冷たいところを守ってあげたい。今度こそ、わたしが。
「俺を棄てるの? 薄情だな、"姉さん"。」
自分が一番よくわかっていた。あまりにも無責任で、虫のいい話だった。
薄情、いい子ちゃん、八方美人、偽善者。ずっと言われてきた、わたしの代名詞のような言葉。
周囲の人間にどれだけ陰口を叩かれても言い返そうと思わなかったのは、それが事実であることを認めていたからだ。来る者を拒まず、去る者も追わなかった。誰にでもいい顔をしているというより、誰にも特別な感情を抱かないというのが正しかった。わたしの存在が ―― 身体が、少しでも慰めになるのならそれでよかった。少しでも慰めになったという事実が、わたしを唯一慰めてくれるものだった。
「すきだよ、篠宮。」
「やっぱおまえサイコーだわ。」
「ずっとこの中にいたい。」
「茉帆、あいしてる。」
これで十分だったはずだった。物理的に優しくされて、身体的に称えられて、表面的に愛を囁かれて。そうやってずっと、ぬるま湯の中にまどろんでいたいと思っていたはずだった。
けれど今は、何かが違った。器として受け入れるのではない、もっと直接的で、もしかしたら攻撃的かもしれない何かを、わたしは望むようになっていた。上辺だけの愛を囁かれるより、それらを振り切った先にありそうなものが見えてきた気がしていた。
いつか、ずっと、もっと遠い未来でかまわない。
陵介さんの、心に、触れたい。
あの人が、欲しい。
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