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「ごめん、最後。」
「ふーん。オトコ?」
「どうかな。」
「向いてないっしょ、そーゆーの、おまえに。」
わたしはズルズルしていたあらゆるものに、ケリをつけることにした。堕落した関係にも、甘ったれた自分自身にも。愚かなままでは、同じことの繰り返しにしかならない。抱き止めることのできる女になるしか、ない。
しかし、それからのことは簡単にはいかなかった。こんなに誰かを欲しいと思ったのは初めてだったが、こんなに相手に欲しいと思われなかったのも初めてだった。
あの日以来、彼の態度はどことなく変わったし、わたしの態度はもっと変わっただろうと思う。あのとき敢えてわたしに笑みを見せたことに意味を求めて、そこに一縷の望みを見出そうとしたりもした。
けれど、どうやら、少なくとも方向性の問題として、彼の変化は、わたしを何某かに意識して起こったものではないらしかった。これは平たく言えば、猫を被るのをやめた、に近い。
「茉帆ちゃんって、彼氏いるの?」
「いいえ。」
「ふーん、もったいない。」
「好きな人がいますが、相手にしてもらえません。」
「あー、それはなんとなくわかる。」
手に入りそうなものにしか手を伸ばしてこなかったから、本当に欲しいものを手に入れる方法なんて、考えたことすらなかった。つまり、中学生が初恋で暴走しているのと大差ない状況下で、難攻不落を絵に描いたような相手と対峙している。
負け試合にもほどがあったが、不思議なことに、楽しかった。初めて抱いた感情はあっという間に抱えきれなくなって、見事なまでに撒き散らすようになってしまったが、気持ちを露わにするということの快感を知った。自分に意思があるということが、自分に譲りたくないものがあるということが、いとおしく思えた。
しかし、そんなわたしを彼はからかいはしたが、それは敢えて落とすためであるらしかった。牽制して、釘を刺しているのだ。
「休みの日って、何してるんですか?」
「うーん、デートしてるかな。」
「彼女いるんですか?」
「いないよ。いたこともほとんどない。」
「ふーん、もったいない。」
「要らないからね、特定の相手は。」
こんなに序盤で門前払いを食らうようでは、"不特定多数"に入れてもらうことすらできそうになかった。
だから、思い切ることにした。デートして欲しいと、頼み込んだ。一度だけでいいから、と。
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