求められる筐体

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 しかし、勢い余ってお願いしたものの、なんというか、波長が全く合わなかった。  浮かれきっていたわたしに次々と襲いかかってきたのは、小さな違和感の連続だった。次から次へと降りかかってきて、わたしをこれでもかというほどに打ちのめした。映画の楽しみ方も、観てからのアクションも、その後の食事のチョイスも、食事中の会話も……なんだか全てが噛み合わない。こんなことがあるものかと、後半はむしろ俯瞰して感心してしまった。  これは多分、付き合えたとしてもうまくはいかないと、感覚でわかった。気持ち云々以前の、人間性の部分が大きいのだと思った。  今までとかく男性には甘やかしてもらってきたのが、ツケとして返ってきていた。合わせてもらうことに慣れすぎていて、他人のペースを掴むことができない。そしてそれは、きっと彼も同じなのだろうと思った。わたしたちは、ある意味ではとても似ていて、だからこそ、相容れない。気持ちが同じ方を向くことも、きっと有り得ないことだと思い知った。  現実を見て、それこそ夢から覚めるような気分だった。  冷静になれば、至極当然のことでしかなかった。あのとき、別々の空き教室で、別々の相手と、しかし同じことをしていたのだ。同じ穴のムジナ。同罪人。いくらわたしがインスタントな改心をしたつもりになったところで、彼に植え付けてしまった印象が簡単に変わることもなければ、彼自身が変わることは、もっとないだろうと今ならわかる気がした。  まさしく浮かれていた、の一言だと思った。分かち合える気がしたのは、思い上がりだ。だって、そもそも、求められていない。この場合、身体すらも。今までいくらかの利用価値があると思えていたものでさえ、何一つ、彼には必要とされなかった。  一大決心をして迎えたはずの日だったが、打たれ慣れていないわたしは、あっさりと打ちのめされ切ってしまった。  一度きりでいい、というのは建前でしかなかったが、結局はそうならざるを得ないのだと悟った。気持ちを諦める決心をしようと、帰り道を歩きながら思った。このときは本当にそう思っていた。
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