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振り仰いで目を瞬かせることしかできないわたしに、発すべき言葉は降りてこなかった。ただひたすら、会えた、捉まえた、という気持ちがじわじわとわたしを支配し、他のあらゆる思考を追い出していく。
体当たり、という言葉は苦手だ。そもそもとして、情熱の類を必要とすることは、わたしにはできないと敬遠してきた。でも、ここで立ち止まるなら、あのまま各駅停車に揺られているべきだったはずだ。わたしは追いかけてきた。追いかけて、捉まえることのできた自分に、その先が見られるかもしれない、可能性を。
どう言えばうまく伝わるかを、考えるほどの余裕はなかった。ただ、ひたすら、撒き散らすことではぐらかしてきた持て余すほどの想いを、恥じずに見てもらおうと思った。もう、逃げたくない。
大きく息を吸い込んだ。まともな告白など、する側としてもされる側としても、ほとんど経験がない。心臓が跳ねて、喉がつかえた。声にならないまま、それでも、陵介さんの瞳だけは絶対に逃がすまいと思った。
「わたし……あの、…………」
見つめ合ったというより、睨みつけていたかもしれない。喉につかえた塊を、なかなか押し出せずに苦心していた。ストレートに拒絶される恐怖が、脳裏を過ぎったからだ。言わなければ、押し付けなければ、少なくとも、このままではいられるかもしれない。染みついた逃げ癖は土壇場になって自らの足を引っ張り、因果応報だと嘲笑っていた。
そんなわたしに降りかかってきたのは、天使の声か、悪魔の囁きか。
「あーあ、台無しだ。」
陵介さんがそう呟いた気がしたが、確信は持てなかった。そして彼は、唐突に声のチューニングを変えて目を細めた。
「理由は言えない。けど俺、今完全にそういう気分だったの。そこに、茉帆ちゃんが戻ってきた。意味わかるよね?」
「え……?」
「飛んで火にいる夏の虫、ってこと。茉帆ちゃんのせいだよ。」
ここまでくれば他の顛末は思い描けない。わたしたちはそのまま陵介さんの部屋に向かった。
彼の方から誘ってくるだなんて、想像できたわけがない。無防備だったわたしは、抵抗手段を持ち合わせなかった。あんなにしなを作られて、正気を保てる女がいるなら弟子にしてほしい。
それでも必死に、浮かれないよう自分を繋ぎとめていた。黙って手を引かれながら、相手にしてもらえるわけではないのだと、何度も自分に言い聞かせていた。その場凌ぎの相手でしかないのだと、身体を利用されるだけなのだと。そして、もう、選択の余地はない。
一緒に歩き始めた時点で、わたしは、自分の意志でこうすることを決めていたのだ。実る日の来ないことを知った初恋を、ジャンクなものにすり替えてでもこの手に掴むのだと。
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