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事は、あれよという間に運んだ。
いくらか強引に、引きずり込むように部屋に誘われた。ドアを閉めるなり彼はわたしの耳にかぶり付き、獣のように首筋を貪る。玄関ドアに押し付けられ、磔にされた。
彼の呼気は既に熱を帯びていて、わたしの頬まで上気させる。柔らかい舌だなと、思った。唇と違ってほとんど見ることの叶わなかった舌が、思った以上にぽってりと滑らかな感触をもって、今まさにわたしの肌を撫で続けている。
知るのだと、思い知った。知らなかった彼を、わたしはこれから知ろうとしているのだと。不思議と、高揚を誘うものではなかった。
そうして執拗に舐め回されるうちに、うなじにチリっと痛みが走った。
「っ……」
思わず小さく呻いたわたしを気にすることなく、彼はそこを吸い続けた。深く、深く、深く。
魂まで喰われてしまうかと思った。吸血鬼のように、一心不乱に。わたしの耳を彼の髪が愛撫し、二人の物理的な距離を知らせていた。けれど、何故だか身体の芯はじんわりと冷え始めていた。
そんな自分を嘲笑うかのように、わたし自身の表層部はみるみるうちに熱を昂らせる。彼の唇はねっとりと柔らかく絡み付いて、じわじわとわたしを攻め立てていった。
痛みが快楽に変わり始めたことを知り、身を委ねる覚悟を今度こそ決めた。わたしの力が抜けたことを敏感に嗅ぎ取った彼は、付け入るかのように服の上から胸を揉みしだいてくる。脚の間に捩じ込まれた膝は、しかし脱力したわたしを支えるかのように優しかった。
何度でも息継ぎをして、或いは刻印の出来具合を確認して、彼はまた噛み付くように戻ってきた。くすぐる吐息だけでどうにかなってしまいそうだ。胸を弄る掌は、思ったより大きい。長い指は器用に動いて、この後の期待を否応なしに煽る。
焦れる快感は長く続いた。
もうやめてと抵抗しかけたとき、彼は突然動きを止めて身体を離した。
「……ごめん、がっつきすぎた。」
自嘲するかのように彼は口元だけで笑うと、そっと長い指でわたしの首筋をなぞった。そして、どこか安心したような、満足したような長い溜息を吐く。これからなのに、変な人だなと思った。事実、そこから彼の様子はやや落ち着いたようだった。がっつきすぎたと、本当に反省したのかもしれなかった。
陵介さんは慣れた動作でわたしを抱きかかえると、そのまま廊下のドアを開け、間接照明を点けた。元よりカーテンが開けっ放しの部屋には、外の明かりが漏れ入ってそこそこに明るい。敢えて点灯したということは、そういう趣味なのだろうか。
なかなかの明るさに思わず閉じた目をそっと開けると、陵介さんの視線はわたしの首元に注がれていた。そしてわたしは、窓際に置かれた無機質なベッドに、思いの外大切そうな柔らかさで下ろされた。
陵介さんに、抱っこされた
背中がついた瞬間、込み上げてきたのはそれだった。あまりにも幸せだった。陵介さんに抱っこされた…それも、とてもとても優しく。それは、抱かれることよりも幸せなことのように思えた。噛み付くようなキスより、脱力してしまう愛撫より、ずっと胸の奥底に染み入るものがあった。
まさか、こんな日が来るなんて。じんわりと込み上げてくるのは、紛れもなく"悦び"でしかなかった。
だからわたしはすっかり浮かれて、つい先刻自分に言い聞かせたはずのことを忘れてしまったのかもしれない。
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