望まない好意

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「付き合ってる人は、いないです。」 「そっか、よかった。」 「でも、……」 「でも?」 「……好きな人は、います。」 気力を振り絞り、真っ直ぐ顔を上げてそう伝えた。でもその瞬間、少しだけ健さんの表情が曇ったように見えて、いたたまれなくなったわたしは、あっという間に目を逸らしてしまった。だから苦手なのだ。 「そっか。そうだよね。」 「……」 「その感じだと、まぁ俺ではないよね。」 「……はい。……あの、……」 「好きです。付き合ってください。」 ぅわっ。 思わずビクっとしてしまった。 なんて直球な人なんだ。人の話を聞いていないのか……? 恐る恐る顔を上げると、わたしを困惑に陥れている張本人は意外なほど深刻そうではなく、どちらかといえば爽やかといっていいくらいだった。これは恐らく、一番断りにくいタイプだ。好きな人が別にいると言ったのは牽制であり遠回しな拒絶だというのに、まさか気付いていないこともなかろう。 「そのうち好きになってくれたらいいから、そうなってもらえるように頑張るから。とりあえず付き合ってみない? 案外楽しいかもしれないよ?」 どこか面白そうに話す彼の笑顔には、もう先ほど感じた曇りはなかった。この状況を何故楽しめるのかは理解しがたかったが、捨てられた子犬のような顔をされるよりはましだと思った。 「ありがとうございます。でも、」 「待った! そのつもりであと3時間過ごしてみて? 模擬デートしよ。答えはその後で聞くから。」 そう言って彼は席を立ち、有無を言わせぬ勢いでわたしとわたしのバッグを掴んだ。ニッと笑って見せると、戸惑うわたしを促すように、安心させるように背中に手を添える。 案外スマートにボディタッチしてくるな……さすがあの人の"親友"なだけある。余計な顔がチラついて、わたしの気をより重くさせた。 これからの3時間、何が起こるにせよ、結局はあの人の話のネタになるだけだ。わかっていて止めないわたしも、同罪―― いや、共犯か。 あぁ、そうか。わたしは彼の共犯になるのだ。 冷たくて柔らかい感覚に触れた。結局のところ、そこに少なからず悦を見出だしてしまうあたり、最悪なのはわたし自身に違いなかった。
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