求められる筐体

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 そこから先は、もはやどうでもよかった。覚悟していたはずなのに、感情がついていかなかった。  取り返しのつかないことをしてしまったと思った。  わたしは自分で、自分の可能性を打ち砕いてしまったのだ。触れ合うことができなくても、心が先に繋がれれば別のチャンスがあったかもしれないのに。  気持ちを諦めようと思ったばかりのはずだった。だけど、その直後に、やっぱり諦めたくないと思ったばかりでもあったのだ。どうしようもなく欲しい。こんなにもまだ、どうしようもなく欲しい。触れたいのは、下半身ではなかったのに。  これだけで繋がる関係の意味するところは、自分が一番よくわかっていた。踏まえた上で腹を決めたはずだったが、結局のところ、あの場で目先の褒美につられて判断を誤ったことを、認めざるを得なかった。陵介さんを受け入れるという建前で、自分の甘さを受け入れてしまった。だから、(ばち)が当たった。  彼は驚くほど丁寧だった。それがかえって、胸を絞った。"彼女"になれたら、どれだけ――。もはや、想像するのも虚しいだけだった。多分わたしは、ずっと上の空だったと思う。  それでもわたしは無意識的に彼に気に入られようとしたのだろうし、結果として功を奏して、わたしの身体は彼のお気に入りの道具になった。  多忙な彼の空き時間に呼びつけられ、大事そうに抱かれた挙句、あっさりと帰される。上げて落とす、の典型だった。けして帰れと言われたことはないが、帰るなと言われたこともなかったから、痛いほど察した。  間接的に帰宅を促される度、"調子に乗るなよ、勘違いするなよ"とズブズブ釘を刺されている感覚があった。以前テレビで男性芸能人が「ベッドはダブル、掛布団はシングル」と言っていたのを、嫌でも思い出した。そう、わたしはただの器だ。彼の欲を受け入れるための、単なる容器に過ぎない。  とはいえ、もう逃げられなかった。  最初の一回こそ後悔したものの、忘れられなかった。熱い吐息を、柔らかい舌を、大きな掌を、器用な指を。打ち付けられた感覚の激しさも優しさも、注ぎ込まれた欲の(たぎ)る熱さも。  首に、深く深く刻まれた証も。  うわべだけの甘い囁きに溺れ、彼の欲求を一時的にでも満たしてあげられることに、己の価値を見い出していた。  いつものわたしに戻っただけじゃないか。  いつもの男と同じだっただけじゃないか。  初めて純粋に抱いたはずの恋心は、歪んでいびつな、見慣れたものに変わり始めていた。
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