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一度は手放すと決めた恋心だったのだ。ドブに捨てたと思ったらいい。今更後悔するなんて野暮だ。股まで開いておきながら、心を開けていないのはわたし自身だというのに。本当は虚しいと、本心でぶつかっていけないわたしが、悪い ――
―― 捨てきれなかった。"初恋"を、諦めきれなかった。何かに追い立てられるかのように無心に刻印する彼の心を、諦めきれなかった。
そうしてわたしは、自分の中にも彼の中にも、何か"いつもと違う"ものを見出だそうと必死になった。今回こそは違うと、変えて見せると、彼への気持ちを自覚したときに決めたはずだったのだ。迷子になっても、道は必ずどこかで繋がっているはず――。
ちょっと虫が良すぎるとは、自分でも思っていた。そんなとき拠り所にしていたのが、彼の残す痕だった。
彼は毎回、わたしの身体に印を刻む。必ず、隠しきれないところを狙って。意味はわからなかったし、男の人なんてそんなものだと思おうとした。人に指摘されて曖昧な返答をするわたしを見て、楽しんでいただけかもしれない。
ただ、バイト先で会う彼は、それを見て目を細めて微笑むのだ。
満足げ、という表現が相応しいかのように。
―― あぁもう、だから、期待させないでって言ってるのに
突然の呼び出しには慣れてきたが、この痕にだけは慣れなかった。思い出して、子宮がきゅんとなる。
これをつけるときの彼は意地の悪いことを言いながらも、いつもどこか苦しげだった。何かを飲み込む代わりに、吐き出している気がした。だから、拒絶できなかった。
ただ、真相はきっと、彼の氷の中にあるのだった。何を思い煩っているのかは、わたしにはわからなかった。遊び相手にマーキングするのは、普段見向きもしないオモチャでも、他人には貸し出したくないという意味だろうか。それとも、貸し出した時用の悪戯?
どちらにせよ、本当に狡い。
狡すぎて、愛しい。
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