揺さぶられる本心

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揺さぶられる本心

 その日は結局、朝から外出することにした。  とはいえショッピングには早すぎるし、学校なんて今日は夕方の一コマしかない。途方に暮れたわたしは、とりあえずいつものカフェに向かった。  自宅と大学のちょうど中間辺りにあるこの繁華街には、なにかとお世話になっている。娯楽も、食事も、宿泊も。だけどこのカフェには、いつだって一人で来ている。ここはわたしの、聖域。一人になりたくなると、いつもここに来ていた。  「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。」  この繁華街にあってこんなに静かに過ごせる場所を、わたしは他に知らない。カフェには珍しい、ビルの5階だからだろうか。オープンして1年ほど経つが、これからもあまり認知度が上がらなければいいと密かに思っている。わたしは、一番奥のソファ席を選んだ。  「アイスティーを、レモンでお願いします。」  「かしこまりました。」  ここに来るときは、たいていこのオーダーだった。本当はコーヒー派だが、口内に居座るので、陵介さんに会う前は何となく控えている。  キスを、するから。感情のないキスを。  『別にいいよ、減るもんじゃないし』―― そう言って来る者を拒まなかったわたしが、こんなことに ―― たかだか口づけ一つに、こんなにもとらわれるなんて。  あれからもう1年近くが経とうとしているが、今日もやっぱりため息を吐いた。もう吐き出しきってしまったのではないかと思うのに、後から後から湧いて出てくるので手に負えない。  手持ち無沙汰で、何となくスマホを取り出した。昼間の暇潰しには詳しくない。退屈だと、未だにほとんど無意識の惰性で、連絡先リストを眺めてしまった。しかし、ようやくここまで清算してきたのに、今更蒸し返すわけにもいかない。 そう思いながらも、スクロールする手を止められなかった。下へ、下へ、下へ ―― そうして、それはあっという間にま行まできてしまった。下心抜きに相手をしてくれそうな人なんて、ほとんどあてがないのだった。今までのツケ、というやつに違いなかった。 女友達というジャンルに括られる人間は概ね信用していないし、学校外でまで、そこでの人間関係に縛られたくなかった。個人で会うような間柄の人はほとんどいないし、その少数の人たちは、ほぼ男性である。つまり、概ね清算済みといったところだ。  陵介さんはわたしの1学年上、4年に在籍している。大変愉しくお過ごしになられているようで、学部が全く違うわたしにすら轟いてくる噂は、なかなかわたしを憂鬱にさせた。  結局のところ、わたしが学内で女友達を作りたくない一番の原因は、それなのかもしれなかった。彼の話題に触れるのは面白くない。正直に、面白くないのだった。  こんな嫉妬や独占欲めいた感情を持つのは初めてのことで、扱いきれない。認めたくないし、顕わにするなどもってのほかなのだが、掻き消そうとすればするほど、燻った炎は息を吹き返すのだった。  こないだもハーレム状態で歩いてたしね……  ここまでくると、同じ大学であることが疎ましい。見たくない現実を見せつけられてなお、涼しい顔をしているというのはなかなか骨が折れた。愉しいどころか、こちらは学内で彼を避けるのに必死だった。  ……誰の名前を見ていても、結局陵介さんに思考が行き着いてしまう。  そんな自分に嫌気が差していたところに[守川 健]の名前を見付けて、また大きなため息が零れた。夕べは深く考えることを放棄して眠ってしまった。今夜は向き合わざるを得ないだろう。  すると突然、通知ポップに画面を遮られた。あまりのタイミングに思わず、あ、と声を漏らしてしまう。
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