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ここのカフェはフレンチトーストが美味しい。健さんの[美味しいもの]というフレーズによって何も食べていなかったことを思い出してしまったわたしは、アイスティーを受け取りながら、スモークサーモンのフレンチトーストを注文した。
―― また手持ち無沙汰。どうせ頼むなら、アイスティーと一緒にすればよかったな。
どうしようもないことを考えていると、静かな店内に来客を知らせるベルが鳴った。何気なく視線を泳がせる。そして、瞬時に知ることとなった。わたしは愚かで、フレンチトーストを注文したのはやっぱり間違いだったと。
先に入ってきたのは、すらりとした長身美女。そして、その傍らに立っているのは、紛れもなく陵介さんだった。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。」
わたしは咄嗟にバッグからストールを引っ張り出し、いくらか不自然に顔を隠した。まさかこんなところで鉢合わせるとは思ってもいないのだろう、相手も全く気付く様子もなく、離れたところに腰を下ろした。
どうするの、これ……
隠れたまま食べるフレンチトーストは、味がしないこと請け合いだった。しかし、退店するにも彼らの前を通らざるを得ない。よりリスクが高くなるくらいなら、それでも胃に収めておこうと思った。この後、ショックで食べられなくなるかもしれないし……。
すると程なくして、残念なほど通る声が聞こえてきた。
「だからわたしは、別れたくないって最初から言ってるの!」
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