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「意外と食べるね。いいねー茉帆ちゃん。」
「実は結構食べるんです。食べれる、というか。」
事実、わたしはほとんど一人前を平らげていた。本当に美味しかったのだ。見た目は何の変哲もないハンバーグと、どこにでもありそうなステーキピラフだったけれど、お洒落なフレンチトーストより胃袋に沁みるものがあった。
「よく食べる子っていいよね。見てて気持ちいい。また一緒に食べたいなって思う。またあの美味しそうな顔が見たいなって、思うよね。」
いつの間にかテーブルに頬杖をついた健さんが、まじまじとわたしが食べる様を観察していた。食べ方がいやらしい、とよく言われたのを思い出して、舌を出さないようにすごく注意を払う。
『先にほんの一瞬出る舌がそそるんだよ、獲物を巻き取るように絡み付く感じがさぁ ――』
これだけは、単なる癖らしかった。せっかく「見てて気持ちがいい」と言ってくれる人の前で、下手なことはしたくない。
「食べ方も綺麗だね。っていうか、綺麗な形の唇だね。」
「……食べづらいです。」
「あーごめんごめん。見惚れちゃって、つい。」
取り繕うでもなくあははと笑った健さんのオープンさは、清々しくて、どうしても可愛らしかった。
わたしもこんな風に、可愛らしくいられたらよかったのだろうか。同じことを言うにも、わたしは態度が違いすぎたと今更ながら省みた。本音をうまく表情に乗せられていなかった気がする。自然に笑えてもいなかっただろう。
―― まぁ、そーゆー問題でもないか。
思った瞬間、なんだか可笑しくなって笑ってしまった。そんな問題ではないのだ。そんなことできないんだし、そんなことしてどうにかなっても、どうにもならないんだし。
よし、うん、手詰まり。何が悪かったとかどこで間違えたとか、わかったところで今は変わらない。今後に活かすなら、もう少し落ち着いてからきちんと反省しよう。今は、今夜を、きっちり段取りしよう。
彼との最後の密会を前向きに迎えられる気がしてきて、わたしは嬉しくなった。大丈夫、うまくやれる。
「健さん、ありがとうございます。元気出ました。」
「それは、なにより。」
微笑む健さんを見て、やっぱり沢山反省した後は、こんな人を好きになろうと誓った。
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