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返ってきた声にびくっとした。冷たく張り詰めて、固かった。まるでわたしが何を言おうとしているか、知っているかのようだった。
「ごめんなさい。でも、ちゃんと顔を見て伝えたくて。」
「何を? 茉帆はどうしたいっていうの?」
抱き上げられたままでは分が悪いのだが、ここで物理的に抵抗しては更に状況を悪化させる気がした。至近距離のいとしい顔に触れることなく拒絶するというのが、こんなに苦しいことだとは知らなかった。だからわたしは、このとき初めて陵介さんに"茉帆"と呼ばれていたことにも、気付く余裕がなかった。
「……そう、したいです。」
察しているのなら、わかってもらうしかなかった。弱々しい声になってしまったが、この距離で聞こえないということはない。外されない視線に気圧されて、わたしの方から逸らしてしまったけれど。
「今更、なんで。」
「今だから、です。」
「俺にもっとかまってほしいの?」
「そこから解放されたいんです。」
ふーん、と意地悪く呟きながら、彼はわたしを些か乱暴にベッドへ横たえた。すぐに組み敷かれて、両手首を纏め上げられる。
思いがけない圧に、いくらか性急な事運びになってしまった。こんな風に告げるつもりではなかった。多分、彼は怒っている。苛々している、というか。まるでおもちゃを取り上げられた子供のようだった。実際そうかもしれない。離れたいと言うわたしを、引き留める権利なんて、彼にだってないのに。
「他の男のとこに行くの?」
「行きません。そういうことじゃないんです。ただ、もう諦めたいんです。陵介さんには、もっと他に ――」
言い終える前に、唇を塞がれた。開いていた口に舌を押し込められて、完全に封じられる。足掻くほど苦しくて、戦意を失いそうになった。最悪だ。このキスがたまらなく嫌だったというのに。わたしだけが求める、行き着く先のないキスが、どうしようもなくわたしの心を掻き乱すというのに。
もう限界だと思った。わたしは、押し出しきれない舌の先に噛み付いた。
「っ………!」
「やめて、陵介さん。もう、やめてください。」
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