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思いがけないタイミングでの出来事に驚いたわたしとは違い、陵介さんは驚いた様子を見せなかった。ただぽつりと、腹立たしげに呟いた。
「……邪魔しやがって。」
そして、突然険しかった剣幕を妖しげにすり替えて、猟奇的な瞳でわたしを見据える。
「悪いけど、俺だって余裕ないんだよね。」
言うと彼は、綺麗な睫毛を揺らしながらわたしの唇を捉えた。塞ぐためだけだったさっきのキスとは違い、柔らかくて、温かくて、わたしの感情をぐわんぐわん揺さぶる。
感情がないのに、どうしてこんなに温かく感じてしまうのだろう。やめて、やめないで、やめて。葛藤を象徴するかのように疼き始めてしまったわたしを嘲笑って、彼の口の端が動いた。
「ほら、やっぱりしたいんでしょ。」
ちがう、ちがわない、ちがう。――ちがわない。耳元で甘く囁かれて、確かに子宮が動いた。もっていかれる。
そんなわたしの様子を見て取って、彼は強引ながらも甘く甘く、わたしの感情を刺激するように愛撫を始めた。
「ねぇ、茉帆。ほんとに俺から離れたいの? 離れられるの? ねぇ。」
離れたいわけでもなければ、離れられる気もしない。だからこそ決意を持ってやってきたはずなのに、結局はこのザマだ。わたしの一大決心の、なんとチープなこと。
あぁ、どうしてわたしはこんなにも、この人に囚われているのだろう。身も心も、ズブズブに溺れきっているではないか。目からは涙が溢れてくるのに、この腕を振り払う気力は益々削がれていく。
再度インターホンが押されたが、もう、どちらも、止まらなかった。わたしが完全にほだされたのを確認すると、彼は少し身体を離して、わたしの耳の下を指でなぞった。
「……まだ少しは残ってるかと思ったのに。」
言い終わらないうちに彼は噛み付き、深く吸い上げた。ほら、また、そうやって。狡い。自分はけして、わたしのものにはならないクセに。
「ほら、これでいい。」
仕上がりを確認した彼は、小さく息を吐いた。いつになく満足気……というより、落ち着きを取り戻した、に近い気がしたのは気のせいだろうか。
初めてこの部屋に来たあのときと、同じような違和感だった。
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