揺さぶられる本心

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 事の後の微睡(まどろ)みを堪能しきる前に、彼はいつも、わたしをシャワーに立たせる。そうして出てきたわたしと交代するとき、チャリっと音を立てながら、こう言うのだ ――   『ポストね』  渡される鍵には、小さな黒猫のマスコットと、リボンがついている。つまり、陵介さんの、自分用ではない。かといって誰のものでもないそれを受け取る度、ズキンとした。だからわたしはそそくさと支度をして、その鍵を手放す。  在宅でも必ず鍵をかけたがる彼は、過去に押し入られたとか、鉢合わせしてしまったとか、そんなことがあったに違いないと思う。例えば、ここで、わたしが部屋を出なかったら。そうしたら、何が起こるのだろう。  興味がないと言えば嘘になるが、そんな勇気も根性も持ち合わせなかった。だから、今日も、帰ろう。そもそも、どうして、わたしはまたここでシャワーを浴びているのだろう。  ああ、もう、さいあくだ ―――  思いながら、堪えきれずに笑ってしまった。笑いながら、嗚咽が漏れてくる。しっかりしようとか、陵介さんにはいい人がいるとか、邪魔者に違いないとか、全部言い訳なんじゃないか。わたしは、ただ、ただ、こんなにも苦しいのだ。  馬鹿みたい。情けないったらない。せめて、こんなところで泣くのだけはやめよう。……惨めすぎる。  必死に抑えていた声を飲み込んで、顔を上げたときだった。  首筋に、後ろから、温かいものを感じた。
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