求められる筐体

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求められる筐体

寝起きの彼は可愛い。 それが計算ずくのものであるということを、察することができないほどウブなわたしではない。だからこそ嬉しかった。わたしのために可愛い子ぶっている彼が、いとおしくてならない。そんなサービスをしてくれることが、どれだけ特別なことか。これは彼がわたしにかけている魔法の一つに違いないのだった。 そんなこんなで、清々しいほどろくでもない朝を迎えた。 あーあ、これから何しよう。 必修以外で午前の講義は当然とっていないし、必修であろうと午前の講義はハナから捨てていた。わたしの人生に、"午前中"はない。それくらい、朝にはめっぽう弱い。そんな人間をしてモーニングコールだというのだから、魔法とは末恐ろしいものである。 何もしたくはないが、家にいたくもない。とりあえず出掛ける支度をしようと部屋を出ると、抑揚のない声に鉢合わせた。 「いたの。」 今朝初めて顔を合わせた”家族”にかける言葉として、もっと適当なものはいくらでもあるだろうと思う。 「いました。」 「そう。」 あぁ、やっぱりろくでもない朝である。 げんなりし始めたところで、ポケットのスマホが震えた。陵介さんだ。すぐに用件はわかったものの、平静を装って応答した。 「忘れ物でもしましたか?」 「そうそう、茉帆ちゃんの可愛い告白聞くの忘れちゃったから。」 「朝からやります? あれ。」 「いや、朝はちょっと。だから、後で来て。いつもの時間で。」 「……わかりました。」 まずシャワーを浴びなくてはならなくなったなと思いながら、自室へ戻り下着の引き出しを開けた。前回は黒だったし、その前は赤だった。そろそろ白の総レース辺りが正解そうだが、意表を突いてサーモンピンクとかも…… いや、これは陵介さん用じゃないな。 自分に似合うはずのない淡いカラーのそれは、これからの行為にも似合わない気がした。一度も着用していないせいか目につく存在ではあったが、何故こんな色を購入したのかと思うほど、需要がない。結局、"陵介さん用"に新調したターコイズグリーンのティーバックを手に取り、浴室へ向かった。 薔薇の香りが濃厚に残るシャンプーを、躊躇うことなく存分に押し出す。これも有事用。入念にシャワーを浴びながら、何となく違和感を覚えて、先程の電話を思い返していた。 前回は月曜、だった。今日は金曜日だ。まだ1週間も経っていない。近頃、ペースが早くなっている気がする。他にもいるであろう女性の1人と別れただけなのかもしれないが、妙に甘えてくることも多くなった。実際のところ、複雑な気持ちになることも増えていて悩ましい。 さすがに、痕は消えてるけど… 思い出すと熱く感じて、数日前に真っ赤な印をつけられた耳の下を、指先でなぞった。 あの日以来幾度となく残されてきた彼の痕跡。見えなくとも、それはもはやわたしに深く浸透し、根を張り巡らしているかのようだ。 おかげで、忘れられやしない。彼に、抱かれたのだということを。 あの夜、きっと越えてはいけない一線を、越えてしまったのだということを。
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