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もう誰も何も言えなかった。女子の嗚咽と廊下から聞こえる獣の息遣いだけが教室を支配する。それがより恐怖を増幅させた。
そんな沈黙に耐えきれなかったのだろう。
「切山さんのお姉さんが囮になればいいじゃん」
零したのは図書委員で黒縁の眼鏡が特徴的、普段は大人しい印象の山瀬花乃だった。
「そんな! 何言ってるの⁉︎」
「だって! 切山さんのお姉さんなら死なないんでしょ⁉︎ それしかないじゃん!」
「絶対ダメっ! お姉ちゃんを囮になんてっ! ねえっ⁉︎」
みんな反対してくれる筈。そう思って他のクラスメイトを振り返ったけれど、誰とも目が合う事はなかった。みんな気まずげに目線を逸らすばかり。
「三花」
代わりに三花の名前を呼んだのは二葉だ。
「庇ってくれてありがとう」
これは三花に対して。
「確かに私は死ねないから、囮になることもできるわ」
そしてその後は教室中の生徒に向かって言葉を紡いだ。
「でも、今回は厳しい」
「何でっ!」
「距離が近すぎるの。扉を開いた瞬間に手でも入れられたら、簡単に入って来る。私が教室を出た瞬間にうまく扉を閉められたとしても、私はすぐに捕まっちゃう。ここからみんなが逃げ出せるような距離は稼げないと思う」
自分を囮にしようとしたことを責めるわけでもなく、ただただ優しく言い聞かせる二葉。言っていることももっともで、その姿はこの場では異質にすら見えた。
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