三花 七月八日

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 宏が選んだのは『ナノカさんの国語の教科書』だった。  教室の時計が示す時刻は午後四時二十五分。あと五分。 「……やるぞ?」 「うん」 「ああ」  全員が息を呑み、宏を囲むように円になる。そして。 「ナノカさんナノカさん、大切な物はこれですか?」  震える声で唱えきった。  一瞬の静寂。変化はない。 「な、何も……」 「大丈夫、なの?」  何も起きないことに安堵して、何人かが息を吐いた。  その時だ。 「三花っ!」  三花はぐいっと腕を引かれたかと思うと、再び姉に抱きしめられた。直後に悲鳴があがる。 「いやぁあああぁっ!」 「宏っ!」 「わ、倭多野君っ! 倭多野君がっ」 「うわぁああああぁっ」 『マーチガエタ! マチガエタ! ナノカノタイセツナモノヲマチガエタッギャハハギャギャハハハ』  その甲高いのにしがれた声と地面に流れる赤い血に、全てを理解する。 『ナノカノ大切ナ物ヲ見ツケテクレタラ何デモ願イヲ叶エテアゲル。ミンナヲ生キテ帰シテアゲル。キャギャギャキャハハハハハッ!』  どこからともなく現れたナノカさんはそう叫びながら教室を一周駆けて回ると、そのまま消えるようにいなくなった。
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